集結。
SIDE:神楽
荒れ果てた街にも、夜は訪れる。
二時間もすれば時計の針は翌日を示す頃、神楽は周辺の偵察を終え、一時的に身を潜めていた酒場の隠し部屋へと戻って来た。
正確には、元酒場と言うべきだろうか。
例に漏れず震災の影響で半壊した酒場は、ちょっとした知り合いが営む路地裏の小さな店だ。
滅茶苦茶に荒れた埃っぽい店内は当然ながら無人で、そのカウンター奥にある物置のラグを捲ると、地下の隠し部屋に通じる扉がある。
瓦礫に埋もれなくてよかったと、今更ながらに思いながら、神楽は灯りの乏しい階下への梯子を危なげなく下りて行った。
下手をすれば頭上の店よりも広い隠し部屋には、ランタンの明かりが一つぼぅと揺れている。
家具のない簡素な空間の壁に寄り掛かって座る男は、神楽が戻って来たことに気付いていたのか、鋭い翡翠の瞳で待ち構えていた。
「お加減はいかがですか?」
「問題ない。血も止まってるしな」
「痛みは?」
「この程度で騒ぐと思うか?」
肝心な点をはぐらかされて眉を寄せると、碧はにやりと口端を歪めてみせた。
腹に風穴が開いた状態を「この程度」と言えるのは、イルビナ全土を探しても彼くらいなものだろう。
高熱を出していたのはつい先日だと言うのに、平然とした様子をされては傷の具合を訊ねたこちらが間違っている気になりそうだ。
化け物じみた回復力であるのは確実だが、それ以上に碧の精神力に感心とも諦めともつかない嘆息が漏れた。
「……なら、結構です。外も異常は見られませんでしたから、そろそろ動きましょう。行けますか?」
火澄たちとの合流は、今日の日付が変わる深夜零時。
落ち合う場所はここより幾分離れている上、身を潜めて移動しなければならないのだから、移動には余裕を持っておくべきだ。
碧は平時とまるで変わらぬ調子で立ちあがると、脇に放っていた軍服のコートに袖を通した。
愛用の伸縮式ランスが腰のホルダーに収まっているのを確認しつつ、ぽつりと零す。
「場所、どこだったか」
「貴方、私が拾わなければどうするつもりだったんですか」
「いいじゃねぇか、会えたんだから」
「そういう問題では――」
言いかけて、気付く。
自分の戦闘欲求を満たすためとあらば、軍規を無視して暴走するこの男だが、決して人の話を聞かないタイプでもなければ、命令や任務などの重要事項を忘れる間抜けでもない。
今なお着崩れた軍服や普段の生活態度だけを見ると、適当なことばかりする愚鈍な輩に見えるが、彼は中将という役職に見合った頭脳もきちんと有している。
それにも関わらず、一度は了承したはずの合流地点を忘れてしまうということは。
こちらの脇を抜けてさっさと地上へ戻ろうとする背中に、神楽は言った。
「心配ですか」
「何がだ」
「衣織さん……あるいは雪さん、ですか」
含みのある言い方に、しかし男の足が止まることはなかった。
梯子へ足をかけるや、すぐに姿が上階へと消える。
残された神楽はもう一度だけ息をつくと、微かに頬を緩めながら、中将の後を追って梯子を掴んだ。
「行き先、知らないでしょうに」
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