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車両全体に走った重量感のある攻撃に、ぎょっとする間もなく衝突音が鼓膜を突き抜ける。
首に走った鈍い痛みに耐えながら、士官たちはよく訓練された猟犬のような動きで各々扉から飛び出すと、腰のサーベルを躊躇いなく引き抜く。
だが、軍用車に積み込まれたコンテナに、一台の作業トラックが頭から突っ込んでいる光景に、思わず柄を握る指先が凍りついた。
ひしゃげたコンテナから零れ出す救援物資に、どこに潜んでいたのか、わっと群衆が押し寄せ群がりだす。
飴にへばりつく数多の蟻のようだ。
山となった食料を腕に抱えて、一人の男が目の前を走り去ってから、ようやく士官は動くことが出来た。
「何をしているっ、すぐに荷を放し離れろ!」
声を張り上げた先輩士官を後押しするように、腰に下げていた威嚇用の小拳銃を上に向けて数発撃つ。
乾いた発砲音が陰鬱な空に響き渡った。
鬼気迫る勢いで物資を掻き集めていた人々の動きが、ピタッと停止する。
軍への略奪行為は通常の窃盗よりも重罪だ。
加えて混乱している現在、正当な処罰を受けられる可能性は無に等しい。
片っ端から郊外の収容所に放り込まれて、ほとぼりが冷めるまで放置されるだろう。
この事態を引き起こした責任は軍にある。
民にこれ以上の不当な扱いを受けては欲しくなかった年若い士官は、ほっと胸中だけで安堵の息を吐いたのだが。
「……おい、不味いぞ」
「え?」
自分よりも十は年上の先輩の、微かに震える囁きに疑問符を洩らした。
「下がれ」
「何言ってるんですか、積み荷を――」
「いいから下がれっ、逃げろ!」
悲鳴に近い命令に、何事かと見開いた目に映ったのは、殺気を漲らせた眼でこちらへ走り出した人々の憎悪の形相だった。
「っ……!」
「くそっ」
無理やり腕を引かれ、有無を言わさず逃げる。
いやに鋭敏になった聴覚が、自分たちの足音を追いかける無数の唸りを捉えてしまう。
希望をチラつかせながら、裏切った軍が憎いと訴える気迫。
飛び交う罵声は荒れ狂う鬼の雄叫びのようで、言葉として成立していない。
ただそこに含まれる明確な殺意が、必死に走る士官の四肢に突き刺さった。
「っは、はっ……ぐっ!」
「おいっ!」
誰かが始めた投石。
後頭部に直撃した一つに、骨の鈍い音が鼓膜を裂く。
脳に訪れた重量感のある威力にぐらりと傾いだ体が、無様にひび割れた煉瓦道へと倒れ込む。
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