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SIDE:雪
「そうだ」
短くも明確な、宣誓。
例えば己が身を死に晒すとしても。
例えば愛する者を絶望させるとしても。
まっとうせねばならぬ絶対の宿命を、必ずや果たす。
身勝手で傲慢で周囲を顧みない、愚直なまでの使命感。
それは最早、他者から与えられた責務ではなく、雪自身の心からの願い。
「俺は、儀式を行う」
華の血を受け継ぐ者として、花精霊の暴走は見過ごせない。
数多の同胞を手にかけたのだ、罪を贖う必要がある。
何より。
「お前が生きる世界を、守る」
衣織の前から雪が消えたとて、雪が守った大地は残る。
衣織の前から雪が消えたとて、衣織は明日へ生きられる。
紅の罪に呑み込まれ、一人暗闇の中で膝を抱えるときがあったとしても、彼の中には光りがある。
他者まで照らし掬い上げる、太陽にも奇跡にも似た、眩く鮮烈な光りを宿しているのだ。
負を正に変換し、絶望を希望に昇華できる衣織は、真実の意味で一人で立つことの叶う存在。
ならば雪は、彼の足場を支えるだけ。
しゃんと伸びた背中で、強気な思いを両眼に宿し、未来へ向かって進む彼の道を守りたかった。
そして、出来ることならば――
「却下、駄目、反対」
「え……」
断固とした姿勢で言い切った男を、少年はあっさりといなした。
真剣な表情を一変させて、冗談とも取れる気楽な風情で手の平をひらひらとさせる。
根底からの気持ちを茶化された気分になって、荘厳なまでの美貌に人間くさい苛立ちが走った。
「ふざけ……」
語調も荒く続くはずだった末尾は、ビシッと突きつけられた衣織の人差し指に、喉の奥でつっかえてしまう。
何事かと瞠目し、爪先に合わせていた焦点を相手の黒い瞳に移した。
「違うだろ、雪」
ゆっくりと、諭すかのような音色。
不可思議な光彩を放つ花突の最深部に、雪がもっとも愛する声が反響する。
「お前が生きる世界……じゃ、ないだろ?」
「っ……」
「俺だけ生きててどうすんだっつーの。あんた、俺を離さないんだろ?離せないって言ったよな」
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