開かれる扉。
「紫倉=清凛大佐。イルビナ軍で女ながらもレベル3部隊を指揮する才女だよ」
ヴェルンに戻る道すがら、衣織は先ほど出会った貴人について説明をしていた。
女性士官が大佐の地位にまで上ることは珍しく、彼女の噂はなかなか有名であった。
それは海を隔てたダブリアにまで届くほど。
しかし、彼女の名が有名なのは、なにも女性大佐だからと言うわけではなかった。
「徹底してるんだってさ」
「なにが?」
雪の問いに、衣織は顔を顰めた。
「弱者切捨て」
彼女のスタンスがよっぽど気に食わないらしいと、少年の表情から読み取るのは容易い。
「使える奴、有能な奴しか部下には持たないんだって。んで、落ちこぼれは即処分。いい性格してるよな」
実際に会った時、噂そのもので密かに驚いたものだ。
「無能なヤツ」と零し声は冷酷で、たっぷりと軽侮の念が込められていた。
おまけに、戦闘中に見せるプライドの高さまでも聞いていた通り。
去り際のセリフが、リフレインした。
そこまで思考が廻った途端、衣織は瞳を見開いた。
「どうした?」
衣織の様子に、怪訝そうな声がかかる。
顔を青ざめさせた少年は、どこか遠い一点を見つめているようで、雪は少年の視線の先を辿ろうとする。
その前に、黒曜石の眼が金色の虹彩に向き直った。
「ヤバイっ!!」
焦燥に駆られた声色で、衣織が雪の腕を掴む。
「なんなんだ?」
尋常ではない衣織の表情は、この二日間で術師が一度も目にしたことのないほど、取り乱したものだった。
「ヤバイんだよっ!くそっ、なんで気が付かなかったんだっ」
「おいっ」
「早く戻らないと……」
「落ち着け、どうしたっ」
僅かに声を荒げた術師に、衣織は冷静さを欠いた声で言った。
「蓮璃が危ないっ……!」
言うや否や身を翻し、疾風の如く走り出した。
なぜ気が付かなかったのだろう。
プライドの高いあの女が、負けたままでいるわけがない。
こちらへの報復を行わないわけがなかった。
ソグディス山の麓にある街は、ヴェルンだけ。
何でも屋として活動しているために、衣織の顔はあの小さい街ではよく知られている。
蓮璃との繋がりなど、そこいらにいる住民の二三人に尋ねればすぐに割れてしまう。
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