明日への誓い。




どれだけの時間が、経過しているのだろう。

花突の最深部に潜ってからの時の推移は、外の様子を窺うことも出来ない空間だけに、まったく把握しきれない。

時計でもあれば話は別だろうが、生憎手元にはないからお手上げだ。

耳に入るのは二人分の呼吸音、背中に感じる雪の鼓動と、時折身動ぎをする自分の衣擦れ。

戯れに髪に口付ける男が、わざと奏でる唇の軽い音色ばかり。

衣織の力の謎が解けてから、二人はまたしても沈黙を保っていた。

話題がないわけではない。

彼とならば他愛のない戯言をいくらでも交わせる。

何より、話し合わなければいけないことがあった。

ただ、この優しく穏やかな真綿の世界を終わらせるのが名残惜しくて、互いに口を噤んでしまう。

いつまでもこうしてはいられない、分かっている。

この瞬間にも世界はバランスを崩している、分かっている。

いい加減に現実に戻らなければならないのに、ずるずると引き延ばしてしまう、心地よいまどろみにも似た空気。

「ここさ、人間が駄目になるよな……」
「……そうだな」

甘く、静かに、堕落して行く気がする。

堕落しても構わない気になりそうなのが、何より怖くて、衣織は雪に先駆けて本題を持ちだした。

「これから、どうする?イルビナの花突、残ってんだろ」
「儀式をしに行かなければなるまい」
「けど、今度は前よりもずっと侵入が難しくなってるはずだ。あんた、平気なのかよ」

ちらりと背後を窺う。

震災の影響でレッセンブルグは混乱している。

火澄たちの造反もあって、軍内部も揺れているだろう。

その混沌に乗じて再び総本部に入り込めそうなものだが、最後に目にした蒼牙の様子を思えば警備が強化されていると考えずにはいられない。

術札「花」の開発を推進している相手からすれば、雪の来訪は願ってもいないもので、飛んで火にいる夏の虫の如く、こちらの目的地である研究所で捕える準備を万全にして待ち構えているはずだ。

強大な力ゆえに精霊の干渉を受けてしまう術師に、不利な状況での戦闘や儀式が果たして可能なのか。

否応なしに、脳裏には前回のビジョンが蘇る。

荒れ狂う花精霊の影響で、顔面を蒼白にし倒れかけた雪。

無理に使役を続けたせいで、今にも意識を手放しそうだった。

本来の力を発揮できるならば兎も角、能力を大幅に制限され苦痛を負った彼が、すべての用意を整えた蒼牙の軍勢を撃破して、贖罪の儀式をまっとう出来るとは思えない。

「イルビナの花突を見た」
「え?」

唐突な言葉に、彼の腕の中で振り返る。

記憶を見つめる男の眼は、遠い場所に視線を飛ばしていた。




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