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いっそ恩着せがましく「お前のためだ」と言ってくれれば良かったのに。
身勝手で傲慢な態度を取ってくれれば、心おきなく被害者ぶれたのに。
罪悪感に駆られる、贖罪意識に苛まれる。
必要ないと彼が口にすればするほど、神楽は罪を突きつけられている心地になった。
彼が怪我に至った過程には、己の存在が組み込まれているのだと、言い聞かせられている錯覚すら抱いた。
手当てをせずにはいられなくなって、労わらねばいけなくなる。
神楽は男の傷が埋まらぬ限り、その傍を離れられない。
神楽は男の傷が治らぬ限り、その傍を離れてはならない。
罰を与えられぬことにより、自ら生み出すはめに陥っている。
傷が神楽を縛るのではなく、神楽が傷に縛られているのだ。
だから。
傷など消えてしまえばいい。
今すぐにでも、消えてしまえばいい。
頼むから、消えてくれ。
何の責も負わせぬと言うのならば、消えてくれ。
「面倒くせぇ……」
静寂を破ってぽつりと聞こえた呟きには、根底からの思いが込められていた。
否定も出来ず、密かに苦笑が滲む。
難儀な性格だと自分でも自覚しているし、碧の感想はまったく正しい。
罰を与えられないことが辛いだなんて、愚かにもほどがある。
消毒を行い、ガーゼを当て、包帯を巻く。
単調な処置を施すたび、ひたひたと迫り来る絶望は、今なお神楽を恐慌に沈めようとしていた。
「んなに断罪して欲しいのか?お前、マゾっ気あったんだな」
「気味の悪いことを言わないで下さい」
「けどそうだろ?罰せられるのを望むなんて……あぁ」
「……なんですか」
品のない物言いに眉を顰めたところで、後方から思わせぶりな反応。
嫌な予感がして、ようやく相手を見やった神楽は、すぐ傍に立つ碧の長身に目を見開いた。
清潔なだけが取り柄の、何もない殺風景な部屋。
強い力で両肩を掴まれ、息を呑む。
頭一つ分以上高い位置からこちらを見下ろす男は、先ほどのからかう素振りとは種類を別にした、捕食者の空気を纏って唇を動かす。
「離し――」
「そんなに裁いて欲しいなら、やってやろうか」
「っ、なに、を……」
強制された緊張によって口の中が干上がり、問いは無様にも掠れた。
恐怖にも似た動揺に捕らわれれば、碧は嘲笑うかの如く笑みを浮かべる。
凶悪だ。
男はすっと身を屈めると、神楽の白く滑らかな頬に自分のそれを寄り添わせ、誘うように耳朶へと吹込んだ。
猛毒を含んだ、蜜の囁き。
「お前が本気で、嫌がること」
「っ……!」
「お前に罰を、下してやる」
ジャケットのボタンに掛かった指が、腹部の上の一つを外して内側に潜り込む。
薄い布越しに感じる、広く骨張った手のぬくもり。
全身に広がって行く、さざめく微かな情動。
瞬間。
「やはりその指、いらないんですね」
「っ!?」
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