ただ逃走されただけでは、こちらの捕縛を命じられた士官たちの任務は完全に失敗だ。

震災に次いで将校たちの一斉造反と言う、異常事態に見舞われた現在の軍が、最重要任務の呆気ない失敗を許すとは思えない。

常とは比較にならない、厳しい処罰が下されると簡単に予想出来る。

しかし、碧によって撃退されたとなれば、話は別だ。

それこそ士官たちが相手にしたのは、イルビナ最強の男。

取り逃がしたと報告したところで、元中将の実力を嫌と言うほど知っている上層部にしたら、諦める他ないだろう。

むしろ正面切っての勝負で、碧の捕縛に成功した方が恐ろしい。

どんな思惑があってのことかと、戦慄するだろう。

神楽はあえて何も分かっていない士官たちに、碧の行動の意味を教えてやったのだ。

「わざわざ「部下」って単語まで使ったお前が、俺に何を訊きたいんだ。あぁ?」

「敵」ではなく、「元部下」でもなく、「部下」。

士官たちを未だに部下と考え、思いやっているのだと、さり気なく刷り込んでいる。

すべては軍内部に存在する、将校造反に対する動揺を悪化させるため。

末端受けの良い碧を使って、揺さぶりをかけたのである。

「手を退けて下さい」
「断る」
「三秒数える内に退けなければ、その指はいらないものとして、切り落としますよ」
「……」

艶やかな微笑の中に、紛れもない殺気を込めての最後通牒。

無駄のない輪郭を弄んでいた男の手が、パッと引っ込められて、神楽は嘆息混じりに手当てを再開した。

本当に分からない男だ。

己ごときの実力では、今の発言など脅しにもならない。

武官としての鍛錬を積んではいるものの、天才的な戦闘センスと数多の実践で鍛えられた経験値を持つ碧の前では、まったくの無力と言っても過言ではないのに、彼は実力行使を仄めかすたびに必ず悪ふざけを中断させる。

その大半が、今のように神楽の怜悧な眼光さえ楽しんでの中断なのだが、時たま心底渋々と解放する。

本気を出せばどうとでも出来るだろうに、碧はそれをしない。

勿論、されないと理解しているからこそ、神楽はこの男と共にいられるのだけれど。

碧は本当に拒絶することを、絶対にしないのだ。

結論に行きついたのと同時に、包帯を巻き終えた。

下らないことを考えたと、もう一度だけ嘆息をして、神楽は身を離した。

「訊きたいことなどありません」
「は?」
「疑問の形は取りましたが、馬鹿正直に質問したと思われては困ります」
「お前、さっきから人のこと……」
「馬鹿に馬鹿と言って悪いことなどありますか。自分の体の状態も把握出来ない人間に、反論する権利などありません」




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