夜明け前。
「なぁ、これってヤバいんじゃないの?大将さん」
未だ朝日が東の空に現われず、夜の残り香がしっとりと肌を包む時刻。
震災により疲弊した首都に、各支部から続々と運ばれて来る救援物資を乗せた貨物船を受け入れるレッセンブルグ港は、煌々とした照明に照らし出され闇を薄めている。
いくつもの巨大なコンテナを、作業用の自動四輪の荷台に積み上げる赤い軍服は、決して少なくない。
寝る間も惜しんで必死で働く下級士官たちの様子を、物影に身を潜めた二人はじっと窺っていた。
背後から投げられた情報屋の声に、元イルビナ軍将校は聊か投げやりな調子で応えた。
「待っていてもいいって言っただろう。着いて来たのはキミだよ」
「んなこと言われたって、大将さん一人で行かせるわけにはいかないでしょうが」
「キミのせいで見つかったら、ダブリア皇帝に苦情を言わなくちゃね」
「それだけは許して下さいっ」
ひえっ!と本気で焦る玲明に、火澄は脅しともとれる匂やかな笑みを浮かべた。
隠れ家として使用していたアパートメントが、軍に踏み入られたのは日中のこと。
長い間、潜伏していられると考えるほど、西国軍の実力を知らぬわけではない彼らは、予め決めておいた通りの作戦に沿って行動を開始した。
明日――否、今日の深夜零時までには、まだ十二分に時間が残されている。
火澄はこの先の展開を見越して、ある仕掛けを施すために、今となっては敵である元部下たちが働く港へと赴いたのだが、なぜか途中で遭遇した玲明まで着いて来た。
レッセンブルグは広い。
地震の影響で立ち入り禁止区域も多々あるが、方々に散解した仲間に偶然出会うなど、普通では考えられない事態だ。
本来、ダブリア軍に所属する玲明が、彼の直属の上官にあたる皇帝から、火澄の動向を探るよう言われている可能性はあった。
元帥に歯向かったことで、大将の座から造反者へと落とされた火澄たち価値など、現段階ではゼロに等しい。
張り付いたところで、イルビナ軍の情報が得られるわけでもなく、執拗に追い回されるだけだ。
玲明が捕まればダブリアとて無傷ではいられないだろうに、それでもこちらに与せよと命じた翔嘩の意図を思い、雅な美貌を誇る男はくすりと笑った。
「僕らが勝てるっていう確信があるのかな」
「へ?」
「玲明くん、おかしいと思わない?」
間抜けな一音を無視して、思考を現実へと切り替える。
造船ドッグの影から見える光景は、若い下級士官の姿がいくつかあるばかり。
一定の間隔で荷を運ぶ車両や船がやって来るものの、港を担当する人間は予想したよりも圧倒的に少なかった。
「僕らが指示をしていたときよりも、港が手薄になってる」
「まぁ、思っていたより温い警備ですね。紅たちは海へ逃げましたけど、どうせ戻って来るなら待ち伏せしなくてもいい、ってことなんじゃないですか?」
「儀式をまっとうするために、雪くんは必ず総本部に来るだろうからね。でも、それとは別に作業している士官が少ないんだよ。神楽が振り分けた人数の半数にも満たないはずだ」
首都の機能不全は、回避すべき絶対事項だ。
長く壊滅状態が続けば、他国に付け入る隙を与えることになる。
一日も早くレッセンブルグを立て直そうと、火澄や神楽が身を粉にして復興作業を進めて来たため、イルビナは驚異的なスピードで本来の姿へと蘇ろうとしている。
だが、復興の要とも言える救援物資の運搬に当たる士官が、ここまで少ないというのは何事か。
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