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術札「花」の開発の影響で、荒れ狂うエレメントに満たされた西の都は、雪の精神を容赦なく蝕み痛めつけるから、儀式はおろか術の発動さえままならなかった。
花突とは何の関係もない状況で、なぜ衣織が花の民であると気づけたと言うのだろう。
雪は捕らわれていた己への不甲斐なさからか、衣織を切り捨ててしまった後悔からか。
目をそらしたまま言う。
「お前が戦っていただろう、火澄と」
「あぁ、うん」
「あのとき、お前は銃ではなく短刀を使っていた。短刀で戦闘を行うお前を見たのは、初めてだった」
「そういうやそうだな」
術師の前で短刀を抜いたのは、過去に二回。
一度目はシンラの地下神殿。
碧からの追及で恐慌状態に陥っていた衣織は、あろうことか紅い刃に雪の血を吸わせてしまった。
治癒術で傷跡もないけれど、未だに忘れることの出来ない鮮やかな光景である。
そうして二度目が、先日の戦闘だった。
火澄にこれみよがしに挑発されて、本能のままに戦神時代の力を手中に取った。
あれが、彼に確信を与えたのだとすれば、一度目のときと何が違うのか。
思考を廻らせて、行き当たる。
「戦闘か、そうじゃないか……?」
窺うような問いかけに、眼前の男の金色がこちらを向いた。
首肯。
「でも、なんでっ」
たったそれだけの違いだ。
むしろ、ネイドのときの方が雪は短刀とダイレクトに接している。
離れた位置から眺めていただけの今回よりも、ずっと衣織と華真族の繋がりを察知出来そうなものだ。
彼は手にした紅の短刀を、衣織の目の前に翳した。
妖しいほどに深い紅色が、黒曜石いっぱいに迫り来る。
背負う覚悟を決めたとは言え、やはり少しばかりの圧迫感。
緊張に喉を上下させたときだった。
「衣織の中に、華真族の力はない」
思いがけない内容が、鼓膜を叩いた。
この身の中に、彼に繋がる力がないとはどういう意味だ。
半分とは言え、確かに華真族だからこそ、今この場にいられるのだと言ったのは、雪ではないか。
矛盾するセリフに戸惑うばかり。
続く言の葉は、さらに少年の心を揺さぶった。
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