「これが、俺の「華真」……?」

困惑に揺れる眼で対面の存在を見つめれば、雪は宥めるように微笑んだあと、紅の短刀を鞘から引き抜いた。

幻想的な明るさに満たされた空間で、殺戮を象った血の色は艶めかしい輝きを放つ。

まめに手入れをしているせいか、刃は衣織の不安げな表情を映している。

「出会ったときのことを覚えているか」
「俺たちが?」

不意に問われて、当然だと返す。

蓮璃に騙されて山賊から逃げ回っていたとき、迷い込んだ雪山の森で少年は見つけたのだ。

純白の背景と見事なコントラストを描く、見上げるほどに巨大な黒い水晶を。

欠片だけでも採集して、金に換えようとしたものの、作業用のダガーでは傷一つつけることは出来なかった。

仕方なしに取り出した銃の弾丸は、頑強であったはずの黒水晶を粉砕し、大気に漂う塵へと変えてしまったが、今なら己の所業がどれほど罪深いことか理解できる。

あれは華真族の花石だったと言うのに。

知らなかったとは言え、犯してしまった重罪は許されるべきことではない。

ぎゅっと眉根を寄せるも、当の華真族の男はさらりと衣織の前髪をかき上げた。

「あのとき、俺は贖罪の儀式を行っていた」
「え?あ、うん」
「贖罪の儀式が始まれば、花突の周囲には結界が張られる」

続けられる説明に、引っ掛かりを覚えた。

結界ということは、儀式の最中に第三者が花突へ介入することは不可能ではないのだろうか。

これまで雪の傍らで目にして来た記憶を思い出せば、水晶が巨大化した時点で儀式は中盤に差し掛かっているはず。

だが、衣織は水晶に近づき、あまつさえ破壊までしてしまったのだ。

一体どうなっているのかと疑問符を浮かべる少年に、白銀の術師は回答を与えた。

「結界内に入れるのは、贖罪の儀式を行える者だけ。つまり、華真族ということだ」
「じゃあ、あんた最初から……」
「あぁ。お前の中に俺と同じ血が流れている可能性はあると思っていた」

はっきりと頷かれて、衣織は一月前に投げられた彼の言葉を思い出した。


――お前、その色自前か?


まったく意味を捉えられず、具体的な言葉を返すことは出来なかったけれど、あの質問には衣織の素姓を確かめる意図があったなんて。

「お前に華真である自覚はなさそうだったし、何より黒髪黒目の同族など聞いたこともなかったから、確信はなかったが」
「なら、確信を持ったのはいつなんだよ」

ネイドの花突で儀式を終えたあとも、彼は衣織の血筋を確かめるような発言をしていたが、やはり絶対的な証を手に入れたわけでもなさそうだった。

こうして逃走先に天園を選ばせるに至った、最終的な決め手はなんだと言うのか。

目をそらすことなく見据えると、僅かに気まずそうに視線を逸らされる。

「おい」
「……イルビナ軍総本部の、フロア0だ」
「は?あのとき?別に儀式なんかやってねぇじゃん」

ぽつりと言われ首を傾げる。




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