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何の音も届かない、深い静寂。
流れる時間の感覚もおぼろげで、ただその場に立ち続けるのみ。
唇を開いたのは、それからだった。
「……疑問に思ったことって」
「え?」
「疑問に思ったって言っただろ、母さんと同じことを。それって、花神のことなんだろ?全世界にかかわることを、アンタたち華真族だけが命をもって担っている現実が、納得できなかったんだろ」
昔話を聞いていて、すぐに分かった。
衣織とておかしいと思わずにはいられない。
花精霊の供給が滞れば崩壊する世界。
この世界に住まうすべての人間が関係しているのに、真実を知り生命の石を捧げて安定させているのは、たった一つの一族なんてあまりにおかしい。
例え花神になれるのが、華真族だけだとしても。
幼き日に先代から言われた跡目の話を拒絶した雪は、そのとき確かに一族を殺めることを拒んでいたのだ。
「そうだな。納得できなかった、今でも納得などしていない。なぜ俺たちだけが、世界に命を捧げ続けなければならないのか。だがこうして世界を廻り、自分の手で殺し奪った花石を沈めて来た俺には、疑問に思う資格などない。あのとき抱いた思いを忘れ、激情のまま一族を殺し続けて汚れた俺には」
あぁ、また。
まただ。
なんて顔で笑うのだろう。
今にも消えてしまいそうな脆い微笑は、少年の身内を堪えがたい哀切の念で埋め尽くす。
妹のためだけに生きてきた雪にとって、彼女の損失はあまりにも大きく、この先の未来まで完全に癒えることはないのだ。
蛍を死なせてしまったこと。
感情のままに同胞を殺したこと。
花突を廻り儀式をまっとうして行ったことを、雪は悔やみ続けている。
ふと、恐ろしい心地になったのは、白銀に包まれた男の姿が透けて見えたから。
動揺から何度も瞬きを繰り返せば、己の目の錯覚と分かったけれど、ドッドッと走る不穏な心音は静まる気配もない。
雪が後悔をしているのなら。
今なお、自責に溺れているのなら。
すべての花突を廻り終えたとき、彼はどうするのだろう。
「雪っ……」
唐突に湧き上がった不安から、急いた声で呼びかけた。
駄目だ。
それだけは、駄目だ。
もしそんなことをされたら、もう衣織は衣織でいられる自信がない。
蛍の石を握る手を、バッと両手で掴んだ。
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