「雪……」

そこにいたのは部屋の主にして、己の親。

衰えても見苦しくない程度には整った容貌で、寝台から身を起こす。

寝台にはもう一つの身体があり、色に塗れた男を思えば邪推もしたくなるが、このときばかりは平時と違った。

強い、あまりに強い臭い。

血臭。

赤を通り越して黒に染められたのは、寝台と白貴の全身と、

「蛍……」

横たわる少女。

白銀の波打つ長い髪は乱れ茶に汚れ、滑らかな肌は元の色が分からない。

大きな金色の瞳が白目を剥いて、ぐしゃりと抉られた胸からはまだ血が流れているように見えた。

己の目に映る光景を、理解できない。

受け入れられない。

信じられないのだ。

張り付いて離れない視線の先には、自分の愛する者とよく似た「何か」がある。

「何か」が。

「あ、あ……」

幽鬼を思わせる足取りで、引き寄せられた雪の腕を、赤黒く彩られた手が恐ろしい強さで掴んだ。

「雪、雪みろ。これをやる。直系の血は半分ほどだが、アレは花突に入れるのだ。私よりもよほど花神になれる。そうだろう、なぁ、なぁっ」

差し出された掌には、一つの水晶。

血の色を被っても、静謐に輝く透き通った白であることがよく分かる。

硬い指先でそれを受け取とれば、ゾクッと衝撃が走った。

水晶は、あたたかい。

「あぁ、あ……」
「これがあればいいだろう。一つ分の花神だ、残りの三つは他の部屋に行くといい、そうだ、そうし……っが!」

ごふっと、不愉快極まりない音が白波の喉から搾り出されたのは、風精霊を纏った雪の手が、男の心臓を貫いたせい。

体内にめり込んだ手を力任せに握りこみ、ビクンッと跳ぶ臓器を潰せば硬い感触が掌に残る。

「っは……はっ…ぁ……」

無言のまま引き抜けば、ズジュッと濁った水音が響き、白いローブに鮮血が散った。

汚い。

穢い。

あまりに穢い血。

それなのに、黒く茶色く変色した蛍のものよりも、ずっと鮮やかな色だなんて間違っている。

間違っている。

普段の愛らしい姿からは考えもつかない顔で、蛍は「あぁして」いるのだから。

この男は。

この男はもっと。


「汚く死ね」


父親の花石を握り締めたまま、雪の拳は炎を上げた。




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