未知。




赤い群れが消え去った後、二人は当初の目的を果たすため、昨日の水晶の場所までもう一度やって来た。

イルビナ軍から逃げる際、追っ手がかかることを警戒して、やたらめったら走ったにも関わらず、やはり雪はいとも簡単に森の開けた場所までたどり着いた。

「アンタの方向感覚ってどうなってんの?」

脱帽しながら横目で見やる。

「別に方向感覚の問題じゃない」
「どういうことだよ?」

雪は曖昧に微笑むだけだ。

それからマントに手を入れ、藍色の小さな袋を取り出した。

「なに?」

中から取り出されたのは、昨日見た巨大な黒水晶とよく似た小さな逸品だった。

答えはもらえなかったが、衣織は興味を惹かれ彼の動きに注目する。

男の唇が、静かに開かれた。


「花の流れの同胞よ」


低いテノールが流れた瞬間、襲い来る吹雪がピタリと止んだ。

「え?なんだっ?」

驚いて周囲を見回した衣織は、辺りの様子に目を見張った。

一見吹雪が収まったように思えたのだが、違う。

この空間だけだ。

この開けた空間だけ、吹雪から切り離されている。

衣織は昨日のことを思い出した。

そうだ。

昨日水晶を見つけた時も、ここだけ吹雪いていなかった。

どうして。

疑問に思う間もなく、答えはすぐに閃いた。

原因であろう男を振り返ると、彼はこちらの動揺に気がついていないのか、視線を前に向けたままだ。


「汝が背負いし冬の地へ」


雪が小さな黒水晶を宙へ放ると、それは突如として淡い光を纏いはじめ、昨日の水晶があった場所の上にふわりっと浮かんだ。

「な……!」

黒水晶の輝きはみるみる強くなり、眩さに目を細める。


「贖罪の記憶、焔の言葉、紡がれる告解と共に」


一際強烈な発光を見せるや、弾けるように光りが飛び散る。

その場に現われたのは、白に覆われた大地に突き刺さる、巨大な黒水晶。

何がどうなったのか、衣織の頭は混乱しかけた。




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