傍らの老人が、何事か思い当たったのかハッと目を見開いた。

「まさか、ご遺言が?」
「……はい」

男は覚悟を決めたように、小さく首肯した。

遺言。

それはつまり、次代の椅子を誰に回すかということ。

祖父が指名した名前。

「先代は、雪様を……「廻る者」にご指名されました」
「やはりっ……」

実しやかに流れていた噂が、現実になった。

「廻る者」の役目を担った者は、次代の族長となる仕来たり。

父、白貴とどちらが選出されるか耳目を集めていたが、「廻る者」が必要ならば術の腕で劣る白貴が指名されるはずがない。

生前すでに祖父本人から告げられていたことではあったが、周囲もそれを認め支持するまでになるとは、当時の雪には思いもよらない事態だ。

蛍の身の安全を確保するため、己の体を使ってでも神殿の人間を篭絡して来たが、雪は指名された際に周囲から、そうして白貴から反発を受けぬために動いてもいた。

今では雪を支持する一派の方がずっと多い。

「至急、神殿へお越し下さい。正式に遺言の披露を行います」
「雪様……」
「わかった。すぐに向かう」

己が、「廻る者」になった。

あの男に意義を唱えるほどの力は残っていない。

周囲から見ればただの権力闘争だが、自分と白貴にとってはまったく意味が違う。

争っていたのは権力の座ではなく、命を奪う権利の剣。

始祖直系の者は贖罪の儀式があるため、花神に選ばれることはほとんどない。

だが双方共に目障りに思っているのだから、「廻る者」に着任した暁にどうするかなど考えるまでもなかった。

雪は勝った。

だから。

白貴の命は、雪が握った。

「蛍を部屋に連れて行ってくれ。俺はこれから神殿に行く」
「承知致しました。女官をつけますゆえ、私も後から参ります」
「あぁ」

先導について行こうとした雪は不意に中庭へと降りると、未だ付き人の腕で泣き崩れる少女の頭を優しく撫でた。

「落ち着くまで、ゆっくりすればいい。後でお前の部屋に行くから、それまで待っていろ」
「お兄ちゃんっ……」
「大丈夫だ」

昔の呼び方に戻った蛍を一度だけ抱き締めて、それから今度こそ男は神殿につま先を向けたのだった。




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