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表情を改めながら、雪は今朝からずっと胸を騒がす暗雲が、威力を増していることに気が付いた。
「せ、雪様……お、お亡くなりに……」
「なんだ、しっかり言え」
「族、族長が、お亡くなりに、なられました」
「っ……!」
落雷に当ったようだ。
暫時呼吸が止まり、目の奥がぐらぐらと揺れる。
全身を駆け巡る衝撃、悪寒と噴出した汗。
寄越された言葉は一度雪の頭に呑まれてから、心に撥ねつけられた。
「馬鹿な……」
拒絶を紡ぐのは、現実を受け入れたくないという男の弱い願望。
最近は床についていることの多かった祖父が、そう長い間こちらに留まってはいられないと、薄々気付いていたはずなのに。
同じように硬直していた貴波だが、流石に年長者なだけあり我に返ったのは彼の方が早かった。
弱めいた雪の体を、咄嗟に支えてくれる。
「雪様……」
「問題ない」
「しかしお顔の色が優れませぬぞっ」
当然だ。
親よりもずっと近しい存在が、この世から去ったのだ。
平静を保てるほど、祖父との間を繋ぐ絆は安くもなければ脆くもない。
叶うことなら一人部屋に閉じこもり、受け入れるまでの猶予が欲しい。
だが、雪は早々にこの事態を心でも納得することになった。
「蛍様っ!」
女官の慌てた声に我に返る。
「どうしたっ」
「嘘、おじい様が亡くなったって……嘘でしょ」
女の腕に抱きかかえられた少女は、うわ言のように呟きを漏らす。
口では否定をしながらも、すでに現実のものと捉えた体が反応して、蛍の金色の瞳からはぼろぼろと涙が溢れ出した。
しまった、この場には蛍だっていたではないか。
内容が分かっていたら、絶対に言わせはしなかった。
鼓膜を打つ嗚咽に胸がきりきりと叫ぶ。
駆け寄ろうとした雪は、報告に来た男の顔が、まだ何かしら思いつめたままでいることに気付いた。
言うには何かきっかけを必要とするほど、重要な何かを口籠っている。
「他にもあるのか……?」
感情を殺した音色。
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