惨劇。




「兄さん、ほら見て!」

はしゃぐ朗らかな声で呼ばれ、雪は本殿の中庭へと身を乗り出した。

今日も穏やかな日差しが降り注ぐ天園で、芽ぐむ緑の敷かれた庭は、集まった少女たちの姿で華やかだ。

「どうした?」

優しく問いを向けた先には、彼が守るたった一人の存在が嬉しそうに両手を広げ、空を仰いでいる。

彼女の指先では淡い粒子がきらめきを放ち、周囲の女官が頬を綻ばせているではないか。

雪は空気に溶けていったその光りから、蛍の笑顔の理由を察した。

「花精霊を使役したのか?」
「そう、今はじめて上位を使役できたの!待ってて、もう一度やってみせるから」
「あぁ」

微笑を返すと、蛍は緩やかに波打つ白銀の髪を揺らし、興奮から少し急いた調子で使役の文言を唱え出した。

陽光が集うように、少しずつ光りを増す妹の指先を、雪は目を細めて眺めた。

「すっかり元気になられましたな」

背後に控えた貴波が、ほっと安心したふうに呟く。

雪は視線を前に向けたまま頷き、同意を示した。

少女を花突に匿っていた期間は、自分の足場を固めるまででさして長い時間ではない。

それでも蛍の気分を鬱屈にさせるには十分で、彼女を守る手駒を用意してから地上に戻したときには、随分と疲弊した様子だった。

常にあった笑顔を一時とは言え翳らせてしまったのは本意ではないが、こうして一族の目を気にせず蛍が動けるようになるには、必要な時間だった。

以前とて露骨に邪険にされていたわけではないが、いつ雪に取り入るための人質にされるか分からない危険な環境にいたのだ。

本人はお付の女官が増えた程度にしか思っていないだろう。

他のどんなときにも見られないほど優しい表情で、蛍が精霊を使役する一連を視界に納め続けていた。

バタバタッと騒がしい足音が訪れたのは、術師としては未熟な彼女がようやく使役に成功したとき。

「雪様っ!」

悲鳴にも似た呼び声は大きく、安然とした場にはまるで相応しくない。

驚いた女たちが一斉にこちらを振り返り、蛍の指先から精霊が散ってしまう。

優しい空気を貫いた金切り声の主を、雪はひどく鋭い双眸で見やった。

「……何のようだ」

不快を主張する低音は、普段ならば誰もが萎縮したはず。

厳粛な美貌から発せられる殺気に近しい気迫を受けて、しかし相手の男は怯まなかった。

いや、怯まないでは御幣がある。

男は自分に刺さる圧力に気付かぬほど、何かに囚われ切迫している様子だ。

蒼白な顔面と小刻みに震える跪いた体、こちらを見つめる金色はどこか別の場所へ意識を飛ばしているではないか。

「どうした」

尋常でない相手に、異変を悟らずにはいられない。




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