「これは、俺が俺のために負った傷だ」
「……っ」
「お前なら無抵抗ってのも悪くねぇけどな」

思わず息を詰めてしまった神楽に向けて、碧は彼らしく不遜に口角を持ち上げたけれど。

「違っ……」

当人の意思を離れた場所で、咄嗟に口をついた音は否定のそれだった。

果たして何を否定するつもりだったのか。

相手の不埒な行いを、途中までとはいえ許してしまったのは、庇われたことに対する罪悪感と贖罪意識のせいだと教えられたのだ。

戸惑いはあったものの、確かに抵抗らしい抵抗をギリギリまで思いつくことさえしなかったのだから、深層心理に根付く理由は普段の神楽を鑑みれば至極妥当に思える。

いや、割り切ることにかけては冷酷と評判の紫倉を凌駕するくらいの自分なら、そんな善人じみた感情的な理由は適用されない。

それでも、凡そ己には不似合いな理由がなければ、神楽が碧の腕を受け入れかけた事実は納得できないもの。

どうして、否定しようとしたのだろう。

神楽さえまだ知らぬ答えは、室内に落ちたノックによって行き場を失った。

「入ってもいいかなー」
「あ、はい、どうぞ」

扉の向こうから寄越された上司の問いかけに、動揺を殺しつつどうにか応じた。

とんでもない発言をするところだった気がして、火澄が現れたことにほっと肩の力を抜く。

「一応今後の話なんだけど……あれ?お邪魔だった?」
「いえ、素晴らしいタイミングです」
「そう?ならよかった」

玲明を伴ってやって来た大将は、にっこりと笑ってから部屋の古びた椅子に腰掛けた。

碧のベッドの足元に座った情報屋の膝には、電源が入った携帯用コンピューターが置かれている。

ふと目がぶつかり、ヘラリと笑われた。

先日の険悪さなど微塵も感じさせない態度だが、偽りの気配はない。

それこそ己の隠れた願いを看破されていたのだと察するには十分だ。

未熟な自分に苦い気持ちになりかけるも、火澄が本題を切り出す方が早かった。

「簡単に言うと、僕たちの目的は術札『花』の開発を中止させること。世界崩壊と引き換えに、イルビナの世界統治なんて冗談にもならないからね」
「ダブリア的にも、それは勘弁して欲しいんで」
「つまり、元帥を倒しましょうってことなんだ」

随分と軽く言うが、実際にはそんなに容易にこなせることではない。

相手は大国イルビナの頂点に君臨する蒼牙。

自分たちだけで立ち向かうなど、はたから見れば無謀以外のなにものでもないだろう。

しかし、やらなければ身の安全はもとより、世界の行く末まで保障されないのだ。

あの元帥のこと。

『花』を開発することで生じる結果を、他の人間に言うはずがない。




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