顔を背けて急いでベッドから降りようとした麗人は、しかし一向に力を緩めぬ怪我人の拘束に動きを止めざるを得なかった。

「離して下さい」
「お前の言うことをきく理由もねぇな」

こちらの発言を真似た返し。

掴まれた腕の皮膚下で、血の流れが加速する。

触れ合った箇所が恐ろしく熱く思えて、自身の異常に戸惑いを隠せない。

硬直した神楽の鼓膜を、碧の笑い声が揺らす。

軍服のコートを脱いでいるせいで、彼の掌との間には頼りないシャツが一枚きりだ。

「お前に心配されるのも、悪くねぇな」
「血と一緒になけなしの脳細胞まで流れましたか?貴方の怪我が治らないと、迷惑だと言っているんです」
「可愛くねぇ」
「ですから、貴方にそう思われたら一生の汚点です。鳥頭に何度も同じことを言うのは不毛ですね」

どうにかいつもの調子で嫌味を口にするが、平時と同じなのは言葉だけ。

シーツに落ちた目線も、どくどくと脈打つ欠陥も、神楽の動揺を相手にすべて伝えていることだ。

その証拠に。

「なら、お前の汚点はもう出来たな」
「え?」
「この前は思ったから」
「っ……」

最悪だ。

こんな反応したくなどないのに。

ビクンっと震えた自分の肩に、吐き気がする。

まるで己ではないみたいだ。

「神楽」

笑いを帯びた声で、呼ばれる。

腕を掴んでいた手は一方が腰を抱きこみ、もう一方が頬に添えられて、強引な力で仰向かされた。

最後の抵抗で決して目を合わせることはしない。

その強情さえ楽しむように、碧は露になった神楽の首筋を牙でなぞった。

輪郭を辿り、耳朶を食んで、目尻に唇を押し付ける。

獲物を爪でいたぶるには、聊か甘すぎる行為。

全身を強張らせて早鐘の心臓を抱えていた神楽だったが、ふと一つの正論が浮上した。

どうして自分は、されるがままでいる?

相手は怪我人。

本気で抵抗すれば、この腕は振り払うことも可能だ。

まったくもってその通り。

庇われたからといって。

一度は負けを認めたからといって。

大人しくしていなければならない理由など、それこそ神楽は持っていない。




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