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「舐めるなっ!!」
相手の間合いに踏み込んだとき、唇の端から血を流す女は怒りの咆哮を上げた。
身を起こしながらの突きが、衣織の脇腹を掠める。
チリッという僅かな痛覚。
勢いを力技でどうにか殺し、衣織は後退した。
レイピアの本領は『突き』にある。
弾切れになった今、リーチの長い相手の方が有利だ。
一定の間隔を空け、毅然と立ち上がった女と相対する。
「貴様っ……」
悔しげに歪んだ顔すらも、彼女は美しかった。
「うわぁぁぁぁっ!!」
「ぎゃぁっっ」
上がった悲鳴に、お互いハッと声の方に顔を向けた。
飛び込んできた光景に、息を呑む。
爆発を繰り返す白い悪魔に、赤の兵士たちは軒並み地に伏していたのだ。
まともに立っている兵は、最早僅かだ。
「馬鹿な……」
愕然とする彼女の隙をついて、衣織は中段を蹴りつけた。
咄嗟に腕でガードされたが、反射神経だけで防ぎきれるほど甘い一撃ではない。
防御した腕ごと女は吹き飛んだ。
衝撃のあまり木の幹に激突する。
「かはっ!」
次で勝負が決まる。
無慈悲なバトルメイクで地を蹴ろうとするも、立て続けに連射された銃弾に阻まれた。
小さく舌打ちをしながら飛び退くや、素早く彼女との間にジープが滑り込む。
「清凛大佐っ、撤退命令が出ましたっ!!」
「なんだとっ……貴様、報告したのかっ!?」
よろめく足で立ち上がった女の顔に、屈辱の朱が走る。
唇を噛みしめながら周囲を見回し、補佐官の運転するジープに乗り込む。
「総員、撤退っ」
動ける幾人かの部下に指令を出した。
近くのジープに乗り込む兵士を、雪は追わなかった。
衣織もまた、ブルゾンの内側に銃を仕舞う。
二人の目的は、敵の殲滅ではないのだ。
相手が退くというなら、それに越したことはない。
女は眼前の少年を炎のような瞳で睨みつけた。
「貴様の行い、忘れはしないっ」
漲る憎悪で贈られたセリフ。
碧眼に宿る怒りに、黒い眼が僅かに驚く。
猛スピードで発進した車両を、衣織は言葉もなく見送るしか出来なかった。
「……」
ジープの去った方向を見つめ続ける黒髪の少年に、戻ってきた雪が不思議そうに尋ねる。
「どうかしたか?」
その声音は、直前まで戦闘をしていたとは思えないほど落ち着いている。
衣織は、緩く頭を振ると。
「『覚えてろ』、じゃないんだなぁと思って」
至極真面目に応じたのである。
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