大それた申し出をして来たにも関わらず、純真な反応を見せる女の耳元に唇を寄せ、雪は甘い音色で囁いた。

「ならば、続きも聞いただろう」
「は、い……」
「お前がすべきことは、何だ」
「蛍様を、お守りすることです」
「それでいい」

満足げに呟くと、雪は女の首筋に顔を埋めた。

もっとも大きな変化。

それは、雪の内側に起こった。

白貴の愛息であると思われていた過去、一族の有力者はこぞって雪を我が物にしようとした。

彼がもっとも大切にする妹を人質にとり、絶対的な肉体の欲で取り入ろうと手を伸ばす。

だが、それは終わりを告げた。

滅多に参列することのない朝の祈りにおいて、雪は初めて父親に術を向けたのだ。

有り余る才能のままに繰り出された一撃は重く、白貴が防ごうと召還した精霊を突き破り、重傷を負わせた。

次代と目されている男、ましてや実の父に攻撃を仕掛ける暴挙は、これまで仲のよい親子と認識していた周囲の度肝を抜く。

戸惑いの最中、惨めに倒れ伏す白貴に向かって、雪は言った。

『その程度の腕で、族長になれると思ったのか?』

無力を嘲るような、強い強い嫌悪の声。

どくどくと傷口から赤を滴らせ、肩で呼吸をする男とは対照的に、返り血一つ浴びぬ美しい姿は、すべての人間に雪の上位を知らしめた。

そして彼の一言は、次期族長に取り入ろうとするすべての人間に、ある疑念を抱かせた。

――本当に白貴は、族長になれるのだろうか。

直系長子というだけで、さして考えずにおもねっては来たが、まだ十代の息子に見下される程度の実力しか持たないで、果たして将来は明るいと言えるのか。

もしかすれば、この誰よりも美しい少年こそが、玉座に納まるのでは。

各人の脳裏には、白貴が族長の任を賜る場面よりもずっと容易に、雪の戴冠が想像できたのである。

卓越した美貌と白貴の息子ということで、ただでさえ多かった魑魅魍魎は、その日を境にぐっと数を増した。

以前より関係を持っていた人間たちは、他の者よりも一歩有利な位置にいると思い、親しげに声をかけて来るようになった。

それを雪は、実力でもって排斥した。

一族の重鎮である慶士に対し、花精霊を使役したのだ。

自分に近付けば、誰であろうと赦さない。

どのような立場にあっても、自分の前では等しく弱者となる。

見せしめの効力は神殿の隅々まで行きわたり、増殖していた蛆虫を威嚇し牽制できた。

ならば雪の弱点を盾にすればいい。

しかし実行する前に、神殿の中から蛍の姿は消えてしまった。

どこにいるのか誰もわからない。




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