四年の歳月の間、雪を取り巻く環境は変わっていた。

次期族長と目される父、白貴の実力を、雪が上回る事実が広く知られるところになったのである。

成長過程にあった体躯では、いくら秘める力が歴代随一と言えど、自由に扱うには限度があった。

花精霊を使役してきた年数が多い分、技術という実力で勝っていた白貴だったが、心身共に安定してきた現在、雪は身内に宿る稀有な才能を遺憾なく発揮することが可能になっていた。

族長との関係も、雪の方が親密であることは周知の事実であり、次代確実と思われていた父親の立場は、急速に揺らぎ始めている。

古からの慣習が、もしや打ち破られるのではないか。

次代に選ばれるのは、雪なのではないか。

そんな噂さえ、近頃では珍しくない。

側仕えとは名ばかりの白貴の愛人たちの中には、先行きの怪しい衰えた容貌の主よりも、若く秀逸な美しさを誇る雪に靡く者も少なくなかった。

今、眼前で熱の籠った視線を向ける女のように。

「俺に何を望む。次代の席が回ってくるなど、ただの噂に過ぎない」
「いいえ、いいえっ。そんなことはどうでもいいのです。ただ、ただ私は雪様をお慕い申し上げているだけで、何かを望むことなどございません」
「……なら行け。あの男の側近にでも見つかれば、無事では済まない」

気持ちを知っていて欲しいだけならば、もう用件は終わったはずだと、雪は冷ややかに告げた。

取り繕った綺麗事に興味はない。

本心を隠した賢しい発言に、荒んだ心が引っかかれた。

女に背を向け、扉へと足を向ける。

「お待ちくださいっ!そうではありません……その、一度で構わないのです」
「……」
「お慈悲を、頂けませんか?」

音にされた言葉の意味に、ゆっくりと相手を振り返った。

どこか迷ったように彷徨う彼女の視線を、冷えた金色が眺める。

「雪様は心優しきお方であると、聞き及んでおります。ですから、私にも……一度だけ、一度だけお慈悲を与えて下さいっ」

言うや、女は雪の胸にその身を埋めた。

先ほどのように不慮の出来事を装うことなく、全身から縋る思いを溢れさせ、震える指先でローブを掴む。

無感動な表情でその浅ましい姿を見ていた男は、そっと相手の肩に両手を添えた。

「他の者に聞いたと?」
「……はい」
「頼めば抱くような男だと、そう聞いたのか」
「っ、そ、そういう意味では……」

怒りに触れたとでも思ったのか、女はハッと顔を上げた。

彼女の大きな瞳には、焦燥の色が濃い。

そんな動揺を嘲笑うように、雪はふっと口元を緩めた。

ここに来て初めて浮かんだ匂やかな微笑に、女の頬が朱色に染まる。




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