幸福。
語る男は自嘲気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりとした動作で台座に座る。
背後に浮かんだ小さな黒い花石が、淡い白光を見せて雪の白銀を煌かせた。
対面に立ち尽くす少年の手を取り、彼は握りこまれた掌をゆっくりと開いてやった。
爪の痕がしっかりと刻まれた衣織のそこを見つめ、金色の眼を細くする。
「お前が悲しむことじゃない」
「でもっ……」
急いた調子で言い縋ろうとした相手は、ひどく苦しそうに眉を寄せていた。
自分の痛みのように感じ取る心根に、雪の胸の内側が温かく満ち行く。
逃げ出さない細い体が、堪らなく愛おしい。
聞かせる相手が彼でよかった。
話す相手を見つけることが出来て、自分はなんて幸せだろう。
過去の記憶は傷と血に塗れ、誰に明かすつもりもなかったのに。
未だ痛む傷口はあるけれど、伝えられる己の恵まれた境遇に感謝すら抱く。
雪は目蓋を伏せると、両手に包んだ衣織の手を額に当てた。
再び口を開き、語るべき凄惨な近い思い出を紡ぐ。
「祖父が死んだのは、一年ほど前のことだ」
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