□※




雪はぎゅっと眉を瞑りながら、洞窟の入り口となる神殿に戻った。

白石に彫られた大きな円の中央に、自分が立っていると認識すれば、こちらにとって害なすものが跋扈する俗世に帰還したと実感する。

出来ることなら他者の侵入のない花突に逃げたかったけれど、今の心境ではそれも出来ない。

今あの二人の顔を見たら、自分が何をするか分からなかった。

重苦しい吐息を零しつつ、誰かに会う前に自室に籠ってしまおうと足早に渡り廊下に出たのを、後悔したのは次の瞬間。

行く手を阻むように待ち構えていた一人の女に、体が凍った。

「こちらにいらっしゃったのね、雪様」
「伯母上……なぜ、ここに」

妙齢の女は年齢を感じさせぬほど若々しく、魅惑的な肢体を薄いナイトドレスで隠していた。

「何度お願いすれば、名前で呼んで下さるの?私たち、そんな他人行儀な関係でもないでしょう」

音もなく近付いて来る相手から、逃げることは出来なかった。

恐怖心から萎縮しただけではない。

はっと見やった下方では、渡り廊下の板を突き破った樹木の根が、雪の細い足首にしっかりと巻きつきその場に縫い留めているではないか。

しまったと思ったときには遅い。

焦燥に支配された顔で再び対面を窺った雪は、間近に現れた女の姿に息を呑んだ。

「ねぇ、昨夜は誰と床を共にしたのかしら。慶士様が随分とご機嫌だったのと、何か関係がある?」
「大伯父とは、何も……っ!」

ぬるりとした感触は、女の舌が首筋を撫で上げたせい。

ざっと走った悪寒に、慌てて伯母を突き飛ばそうとするも、不可能だった。

しゅるりと現れた枝が腕にまで絡みつき、雪の四肢の動きを封じ込める。

「やめて下さい、伯母上っ!」
「島の誰よりも綺麗な顔をしているものね、あのジジィだって手を出したくなるでしょうよ。あぁ、そこらの女よりもずっと綺麗だわ」
「やめろっ、離せっ!今すぐに術を……」
「でも、ちゃんと男なのよね」
「っ……」

ローブの下に潜り込んだ手に下肢を押えられ、唇を噛み締めた。

緩やかに動く指先に、若い体はあまりに脆い。

「やめ…ろ……っ」
「なら貴方も術を使えばいいわ。花精霊に愛された子……誰よりも強い力を持っているんだもの、簡単よ」
「俺はっ……ぁっ」
「出来ないわよね?今まで貴方が逃げたことなんて一度もない、私に向かって術を使ったこともない。その甘さは、私のことを少しは想ってくれているからかしら。それとも……妹を守るため?」

赤い紅を引いた唇が、やんわりと少年の耳朶を食む。

熱い吐息に吐き気が込み上げたが、言われた内容に目つきを尖らせた。

「知っているのよ、私。貴方は他の人間にも同じこと言っているって。『自分には何をしても構わない、だから妹には手を出すな』……素敵じゃない、麗しい兄妹愛だこと」
「黙れっ」




- 465 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -