人の良い顔をしておいて、予想を裏切る言動を取る相手に、少年は一つ息を落としてから呼びかけた。

「族長」
「なんだ、雪。お前も蛍と同じで、冗談の通じないやつだからなぁ」
「……知ってたのか?」

軽口を無視して問えば、老人の笑みがすぅっと収束して行った。

年月を経て深い輝きを見せる彼の双眸が、何よりの答えである。

これまで隠して来た自分たちの努力が、まったくの無駄であったことに対する虚脱感はなかった。

ただ純粋に、族長が――祖父が認知していた事実に驚きを隠せなかった。

「ならどうして、どうしてアイツを野放しにしておくんですかっ!おじい様がいるのに、すでに自分が族長みたいな顔をしているアイツをっ」
「父上だろう?蛍」
「あんな男っ……兄さんを傷つけるような人間と、血が繋がっているなんて思いたくない」

窘められても、蛍の声音は変わらなかった。

根の深い嫌悪の感情が込められた叫びは、父親に対する思いを如実に物語る。

雪とて変わらなかった。

蛍のように口に出さないのは、そこに諦めが混在しているからだ。

「アイツ」と呼ぶ「父親」が、自分に対する態度を改めることは、永劫ないと知っている。

他者の目がある場では、過去にないほど優れた才を持つ「花精霊に愛された子」を誇りにし、一度裏に回れば罵詈雑言の嵐を叩きつける父親。

治癒の能力があるからと、肉体的な暴力まで振るう。

雪とて抵抗出来ぬ年ではなかったが、相手よりも遥かに強い力を持つ自分が術を発動すれば、どうなるか。

傷を負わせたことを理由に、処分されることは必至だ。

アレが「父」でる己の不運と蛍の行く末を思いながら、雪は嘆息した。

「雪」

不意に名を呼ばれ、祖父を見やる。

いつになく真面目な面持ちは、少年の鼓動を意味もなく不規則に高鳴らせた。

「私は次の族長に、お前の名を挙げる」
「……っ」
「え!?」

驚愕の声を出したのは妹だけだったが、雪とて胸中は彼女と相違ない。

とんでもない言葉を聞いてしまったせいで、息が詰まった。

「そう驚くこともないだろう?アイツは花突に入ることも出来ないんだ。腕のない人間を、次代に押せるほど親馬鹿ではないからな」
「本当!?本当なの、おじい様っ。本当に兄さんを次代の族長に選んでくれるのっ?」

興奮した様子で老人の腕を掴んだのは、やはり蛍だ。

直系長子で族長に選出されなかった人間はいない。

この流れを途絶えさせる発言は、華真族にとってとても大きかった。

古から続く一族は、旧来からの風習を断ち切ることが出来ないものだ。




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