そこまで言うと、背中に軽い衝撃が来た。

腹に回された二本の細い腕と、肩甲骨の間に感じる感触に、抱きつかれたのだと察する。

「どうした?」

自分よりもずっと小さな手に、己のそれを重ねて聞いてやる。

返されたのは、少し嗚咽の混じった声だった。

「兄さんが……「廻る者」に選ばれればいいのに」
「何を言ってる」
「そうすれば、アイツはもう兄さんにヒドイことしないでしょっ」

必死に言い募る妹の思いが、嬉しい。

頑なに強張り、いつしか死んでしまいそうな心を暖めてくれる心地よさ。

それだけで、少年は十分だった。

彼女と、もう一人がいれば、少年は降りかかる苦痛のすべてに耐えられるのだ。

「仮に俺が族長になったとしても、その前にアイツが先代になっている。始祖直系長子で、族長に選ばれなかったやつなどいないだろう?」
「そんなのわかんないじゃないっ!あの男は、ここに入ることも出来ないんだものっ」
「……それを知っているのは、俺たち二人だけだ。族長だって、きっと知らない」

諦めている。

自分が族長になる日は。

あの男から逃げ出せる日は。

きっと訪れないと、諦めている。

あの男が族長になれば、彼が花突に入れないことを知る少年を、生かしておくわけがない。

何かの理由をつけて、処分されるに決まっている。

それこそ、尤もらしい顔で。

今と同じ、子を思う親の仮面を被って。

内心でほくそ笑みながら、命を奪って行くだろう。

心残りは、今なお腕に込める力を緩めない少女の行く末だけだった。

「知っているぞ」
「え?」

洞窟内に反響したそれに、少年たちはバッと体を離し入り口を振り返った。

ここに入れる人間は三人。

その最後の一人が、いつものように穏やかに笑いながら立っていた。

「族長……」
「まだもう少し、ここにいた方がいいぞ、雪。上じゃしつこくお前を探して、魑魅魍魎がわらわらしてる」
「おじい様、今、何て……」

老人は銀から白に変わった短髪を掻きながら、こちらに歩いて来る。

スラリと背が高く、成長期の少年よりも高い位置から輝く眼を少女に向けた。

「ん?上じゃしつこくお前を……」
「そうじゃなくって!その前です、その前!」
「まだもう少し、ここにいた方が……」
「おじい様っ!」

急いた調子で怒られて、老人は笑った。




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