平静そのものの表情で言ってのけた男の声が、僅かに掠れて聞こえたのは、きっと気のせいではない。

思わず伸びた手が、雪の腕を掴んだ。

「廻る者が現れるのは、数百年に一度。しかし、ここ百年の内に急速に花精霊の力は弱まりやすくなり、花石のエネルギー消費が著しい。俺の前の廻る者は……祖父だった」
「雪……」
「花石の力は華真族としての血が濃ければ濃いほど、強力になる。贖罪の儀式を行えるのは始祖直系である族長の縁だけで、花石になる者はそれ以外の有力者だ。死者の花石には何の力も宿ってはいないから、生きている内に取り出さなければ……ならない」
「雪っ……!」

堪えきれずに両手で掴みかかれば、縋る強さで広い胸に抱き込まれた。

息が止まりそうだ。

肩口に落ちて来た男の頭を、ぎゅっと抱き締めてやれば、極近い場所で揺れる吐息が耳朶を撫でた。

「俺が各地の花突に沈めて来た花石は、俺が生きながら花石を抜き取り殺した人間のものだ……父親と呼べる立場の男もいた。衣織っ……衣織、お前は親を殺したと言ったな。俺は、現実にこの手にかけた人間だ……」

だから、あんな瞳をしていたのだ。

衣織が受け入れることを希求する、真摯で頼りない瞳。

受け入れるか否かを選定する、探る懇願の瞳。

直接手を下してはいないにも関わらず、両親を殺したと嘆いた少年が、果たして本当に手ずから殺した男を受け入れるのか否か。

愛したからこそ、恐ろしくてならなかったのだ。

拒絶されることを、何より恐れたのだ。

「……妹、さんは?」
「なんだ……」
「妹さんも、雪が殺したのか?」
「違うっ!!」

バッと体を引き離されたことよりも、これほど感情を露に叫ぶ雪に愕然とする。

雷に撃たれたような少年の表情に気付き、術師はぱっと目を逸らした。

だが、忌々しげに吐き出された声は、彼の中に燃え盛る感情を、如実に物語っていた。

「蛍を殺したのは、アイツだ。自分の保身のためにっ、そのためだけにっ……!」
「雪……?」
「アイツがっ、蛍を殺して……俺は……守れなかったから……」
「雪、雪、ゴメン落ち着いて。大丈夫だから」

次第に昂ぶって行く思いに、肩を震わせる術師の背に今度は自分から腕を回した。

短く荒い呼吸が鼓膜を揺さぶる。

あぁ、こんなにも彼の傷は深いのだ。

衣織が背負った、紅の罪に等しく。

「俺は平気だから、ちゃんと受け入れるから。だから……アンタの抱えるもの、俺に教えてくれ」

首の後ろに手を添えて高い位置にある彼の顔を、背伸びをした己の下まで引き寄せた。

荒れる獣を宥めるように、囁きながら髪を撫でる。

白銀の糸は滑らかで、掌を柔らかに流れて行く。

その動きに、雪の乱れた呼吸が落ち着きを取り戻すのが分かった。

ふっとつかえた堰を切るように嘆息してから、再び奏でられた音は、平時のものだ。

「……俺の父親にあたる人間は、最低だった。色欲にまみれ、贅に固執し、この狭い島の王であるかのように振舞った。あの頃の族長は、先代の「廻る者」であった俺の祖父だ。廻る者に任じられた者は、次代の族長となる仕来りがあって、父親は当然己にその役目が与えられると、思っていた」




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