『衣織は……』
「はい?」
『衣織はどうしている』
「っこんなときに何言ってんですかっ!もうこの紅馬鹿っ!!」

世界問題と同列に語られた名前に、怒鳴らずにはいられない。

いいや、もしかすれば翔嘩にとって、世界よりも衣織の方が重要なのかもしれなかった。

これが一国の統治者なのかと思うと、そして自分のボスなのかと思うと泣けてくる。

身分の差など忘れて「馬鹿」呼ばわりをした玲明に、火澄が苦笑を漏らした。

「紅なら術師の兄ちゃんと先に逃げましたよっ、言ったでしょさっきも!アイツの実力ならまず問題なく無事だから、紅が生活出来る世界を保つために大将さんに協力して下さいよ」

語気も荒く言いやってから、しまったと思う。

頭ごなし押し付けて、大人しく考えを改めるような人ではなかった。

そろりと画面を見れば、予想通り。

半目で緩やかな微笑を湛えた美貌と遭遇した。

『玲明……貴様自分の立場を忘れているようだな』
「あ、や、あの、その」
『情報室のメインコンピューター、勝手にカスタマイズしていることを、私が知らないと思ったか』
「えっ!?いや、あれはなんて言うか、精霊石の消費激しかったし、動き鈍かったし……だからその」
『三ヶ月の減給だな。室長の椅子を部下に取られたくなかったら、さっさと帰って来い―――イルビナとの技術協力には、お前に指揮を執らせる予定なんだ』
「そんなっ、減給はっ……って、はっ!?今、何て……?」

聞き間違いではなかろうか。

あれだけ渋っていた皇帝の口から、求めていた台詞が出てきた気がする。

目を剥いてパソコンを凝視すれば、彼女は当然とばかりに言ってのけた。

『馬鹿か。世界規模の問題に協力を渋るはずがないだろう。最初から協力するつもりだったさ』
「じゃあ、今までのは……」
『ん?丁度仕事が一段落してな。休憩中ヒマだったから』

あり得ない。

暇潰しに使われるのは慣れている。

無理難題を押し付けて、玲明の反応を見て遊んだ挙句、飽きたらさっさと仕事に戻ってしまう性格は、もう嫌というほど分かっている。

けれど、暇潰しに使っていい話かどうかくらいは、見極めて欲しい。

こちらがどれだけ冷や汗ものだったか。

ダブリアの技術協力を取り付けられなければ、ただでさえ軍を追われて逆風の火澄たち。

研究開発そのものが泡となるところだった。

呆気に取られる二人をよそに、北国の皇帝は満足そうに笑ってみせた。

『まずはお前たちが、耄碌ジジィを倒せるかどうかだな』




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