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支離滅裂だ。
けれどこの男があんまり何も分かっていないから。
どうして自分だけが護られていられる。
険しい茨を取り払い、叩きつける風雨から庇い、壊れ物のように真綿で包まれて。
喜ぶわけがない。
そんな安然とした空間に一人追いやられる苦痛と恐怖。
衣織は同じフィールドに立ちたいのだ。
雪と同じように、茨で血を流し、風雨で汚れたいだけ。
乱雑でも構わないから、同じ世界で彼の隣にいたかった。
「頼むからっ……置いてくな……」
力強い手が細い体を引き寄せたのは、そのときだった。
痛い。
少しも丁寧でない、感情に突き動かされるままの腕が、衣織の身を遮二無二抱き締める。
加減も何もなく、力任せの行為に骨が軋んだ。
「悪かった」
息苦しさに眉を寄せることもせず、少年は深い闇色の目を見張った。
「悪かった……お前を傷つけたくなかったのに、傷つけた。俺が……」
「っうだよ……」
「護りたかった。お前は男なのに、お前は戦えるのに……自分の傲慢を優先させた」
「……」
「もう二度と、忘れない……お前が護るだけの対象ではないことを。忘れたりしないから、置いていかないから」
男はそこで一つ切る。
それから逡巡する気配もなく、再び声にした。
「この先ずっと、離さなくてもいいか?」
はっきりとした調子とは裏腹に、彼の眼はどこか懇願の色を有していた。
やっぱり分かってない。
明確に口に出さなければ、分からないのか?
答えが二つだと、思っていないか?
最初から、衣織が告げることの出来る返答は、たった一つだと言うのに。
相手のローブに涙を吸わせると、抱き締める男と視線を交わす。
まだ潤いを帯びた虹彩が艶めいた漆黒を惹き立てたけれど。
宿る意思はあまりに強かった。
真っ直ぐ雪だけを見る衣織が言う。
「離してやれないのは、俺の方だよ」
強気な笑みが、口端に刻まれた。
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