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その一言に、雪が息を呑んだ。
荘厳な美貌の上にある、涼やかな眼が限界まで見開かれる。
そんな顔をさせた自分が憎い。
憎いけれど、衣織の怒りはまだ消えないのだ。
視界が滲む。
「俺が足手まといだったって、知ってる……俺を人質にされたって分かってる。けどっ、でもアンタにあんなこと言わせるくらいなら、俺はイルビナの攻撃受けた方がずっとマシだった!護られるだけなら、俺は自分なんかいらないっ!!」
護りたいと思った。
紅の刃を再び手にする覚悟を決めて、雪を護りたいと、強く思った。
なのに現実はどうだ。
ただ護られただけ。
傷一つ負わず、衣織はイルビナから逃げ出すことが出来てしまった。
では雪は?
自分に別れを告げて、どれほど傷ついただろう。
実験に使われ、どれほど傷を負っただろう。
どちらか一方で構わなかった。
彼の肉体も心も。
すべてを護れると思うほど、自信家でもなければ驕っているわけでもないから。
だから、片方だけでも構わなかったのだ。
少しでも雪を護れるのなら。
でも。
彼は護らせてはくれなかった。
護る権利を、衣織に与えてはくれなかった。
衣織に渡されたのは、護られる権利だけだと気付いたとき、本当の痛みを知った。
「俺に背中預けてくれないアンタが、嫌いだ。俺を護るだけ護ったアンタが、嫌いだ。一方的だろ、それって。俺は護られるだけの存在じゃない、庇護されるだけの男じゃないっ!」
限界だ。
涙腺が決壊した。
視界が規則的にぼやけ、またクリアになり、ぼやける。
頬が冷たい軌跡を感じ取った。
「全部一人で決めんなよっ、俺は何のためにいるのか分かってんのかっ!?自分が一番キツイくせして、俺の心配なんかすんなっ……すんなよ…・・・っ」
零れ落ちる雫を見られるのが嫌で、顎を引く。
噛み締めた唇から、嗚咽が漏れるのを無理やり堪えた。
短く区切るように酸素を吸い込めば、不自然に肩が上下する。
情けない。
護れないどころか、怒鳴り散らして、泣き顔まで晒して。
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