辿り着くことが予め分かっていたような心境に、内心だけで首を傾げつつ、衣織は白石の神殿に踏み入った。

等間隔で並んだ左右の石柱は、神殿内の中央からいくつか明かりを灯していた。

炎とは異なる柔らかな赤が、精霊石だとすぐに分かる。

誰もいないと言うのに、こうして明かりがあることが不思議だとは、思わなかった。

「雪」

名を、呼ぶ。

「返事、しに来た。早く出て来い」
「衣織」

耳朶を掠めた囁きは、すぐ後ろからだった。

自分以外の体温を感じ、頬を緩める。

背後から回された二本の腕が、少年の身を抱き締めた。

緩く、弱く。

いつでもこちらが振り払える強さに、抱く熱が煽られた。

「衣織、話せば俺は、お前をこの先ずっと……放すことが出来なくなる。自由を奪うことになる」
「雪……」
「今はよくても、いつかお前が俺の元から逃げたいと思ったとして、俺はそれを認めない。赦さない……赦せない」

体の前で組まれた彼の両手に、ぎゅっと力が入る。

甲に当てた指先が、白くなるのが分かった。

衣織は男を振り返ることなく、視線をひたと前に見据えたまま。

「アンタさ、忘れてるだろ?」
「なに……」
「絶対ぇ忘れてる……。俺が何て言ったか、覚えてない」
「衣織、何を言っている」
「あぁ、ほらな。やっぱ忘れてんだよ……」

はぁ、と大袈裟に嘆息した―――とき。


「俺、怒ってるっつただろうがっっ!!!」


強烈な肘鉄が、術師の鳩尾に吸い込まれた。

「っ!?」

容赦のない一撃は、油断していた男に相当なダメージを与えたらしく、ガクリと膝を着いて、振り向いた少年を見上げた。

その金色を彩るものは、困惑のみである。

何故こんな真似をされているのか、まるで分からないと訴えて来る双眸を、黒曜石の眼はきつく睨み付けた。

闇色の中に確かな焔を携えて。

「何でも自分一人で決めんなっ!アンタ馬鹿だろっ、俺がいつ嫌だっつったよ!何悪いことみたいに言ってんだよっ。放せない?望むところだクソ術師、アンタは考えてないんだよな。俺がアンタを放せないなんてこと、少しだって考えてないっ!」
「衣織っ……!?」
「気安く呼ぶなよっ。俺に何にも言わないで、勝手にイルビナに下ったくせに。勝手に俺のこと切ったくせにっ!」
「違う、あれはお前を……」
「いつ助けてくれって頼んだっ!」




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