馬鹿な男。
藍色の滑らかな天空に、小さな煌きが無数に飾られていた。
静かに瞬く灯は、まるであの白水晶のようだ。
窓辺から離れた少年は、勢いよく寝台に倒れこんだ。
背中に訪れる衝撃はあまりに小さく、陽の香りを纏ったシーツが細い体を包み込む。
薄暗闇の中見上げた天井に向かって、衣織の口からため息が吐き出された。
雪は、すべてを語らなかった。
華真族の胸に隠された水晶の存在。
想像の範疇にない話に硬直したこちらを眺め、言ったのだ。
――この先を、知る気があるか?
弾かれたように口走ろうといたのは、是。
だが、彼はそれを言わせてはくれず、衣織よりも僅かに早く言を紡いだ。
――もう二度と、放してやれなくなる。
それでもいいかと、音にした。
訊ねておきながら返事も待たずに背を向けた術師を、追うことは出来なかった。
地に縫い付けられた足で、ただ逃げるような背中を見送るばかり。
喉から何かが出ることもなく、ローブの裾を掴む手も挙がらなかった。
臆したのではない。
雪の言葉など今更過ぎたのだ。
湧き上がる激情に打ちひしがれて、微動だにすることも叶わなかっただけ。
あぁ、この感情を何と呼べばいい。
明確だ。
衣織はぐっと腹に力を入れて、ベッドから起き上がった。
貴波に案内された客室は、簡素ではあったが清潔で、白を基調としたインテリアが夜に眩しい。
乱暴になりそうな己の動きを意識的に抑え、扉を出る。
客室のある本殿の廊下を、何かに導かれるよう進む。
まるで人気のない空気は透き通り、時折ひんやりとした風が首筋を撫でた。
どこに行こうとしているのだろう。
目的地はあった。
だが、初めて訪れた場所で、たったの一度赴いたその場に辿り着けるはずもない。
にも関わらず、足は勝手に前へと体を運び、どこかの渡り廊下までやって来てしまった。
ふと見上げれば、夜目にも鮮やかな黄色い花が、雨除けから顔を見せている。
なんて幸運だ。
本当に到着してしまう。
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