不信。




SIDE:イルビナ

対面でなされる報告は、蒼牙の気を苛立たせはするものの、決して喜ばせることはしないものばかりで、元帥は爬虫類めいた眼を一層怜悧にさせた。

彼の執務室がこうして本来の用途で使われたのは、どれくらいぶりだろう。

病に臥せってからも、苑麗本家に退くことのなかった蒼牙が、主に使用していたのは扉続きの寝室で、久方ぶりに袖を通した黒の軍服同様、デスクの椅子に腰を据えたのも数年ぶりのことだ。

元帥位であることを知らしめる漆黒の衣を前にした大佐は、彼が醸し出す剣呑な殺気を敏感に感じ取るや、背筋を粟立たせずにはいられなかった。

「も、申し訳ございませんっ!雪=華真の足取りは、レッセンブルグ港沖より突如として消失しており、実質見つけ出すのは不可能かと思われます。略奪された船が小型の帆船であったため、そう長い航海ではないと考えられますが、未だ国内での目撃情報も……」
「稀なる大地へと逃げおおせたか……」
「は?」

ポツリと零された訊き慣れぬ言葉に、大佐は思わず失敗した。

慌てて口を塞ぐ姿は、イルビナ総本部で高位に着く者の態度ではなかったが、当の元帥が咎めることはない。

双眸の輝きは鉄のような冷たさのままだったが、どうやら眼前の部下のことなど気にも留めていないようだ。

彼にとって重要なのは、大佐本人ではなく彼が告げる報告の内容のみなので、当然と言えば当然。

蒼牙はどこか遠くを見る風情で。

「しかし、あれが確かに廻る者ならば、そう時を待たずに向こうから現れるだろう。時間の問題か」
「では、捜索は……」
「続けさせろ。万が一にも逃がすことがあってはならん」

間髪入れずに厳しく言われ、はいっ!と紅の肩を竦ませる。

それを面白くもなさそうに、果たして認識しているのかいないのか。

目に映すだけの男は、相手の萎縮ぶりなど構わず先を続けた。

「反逆者の方はどうなっている?」
「苑麗大将、碧中将、翔庵少将の三名は、市街から出た気配がないため、レッセンブルグ内に潜伏しているかと推察されます。現在、総力を挙げて捜索中です」
「まだ見つかってはいないと?」
「い、いえ!それこそ時間の問題です!外門すべてに検閲を布いておりますので、逃げられることもないでしょう。虱潰しに探して行けば……」

一つとして成果のない報告内容を指摘され、大佐は急いで言い繕うものの、蒼牙の視線はどんどん温度を失って行く。

清凛大佐が負傷した今、せっかく他の人間を押し退け功績を成すチャンスだと言うのに、これでは逆に降格してしまうかもしれない。

今回の反逆で、若輩者の幹部が一掃されるのは必至。

今最も大将の椅子に近いと確信しているからこそ、大佐の弁明は見苦しいほどだった。

「……市街の復興に回している人員を、引き上げさせろ」
「え?」
「フロア0の復興と、反逆者の捜索に使え」

その命令に、大佐の顔色が今までの比ではないほど青褪めた。

「お、お待ちください。いくら苑麗大将の指示で一通りの復興は終えていても、まだ市街は半壊状態です。今、兵を引き上げれば市民の反感を買います!」

先に起こった震災により、レッセンブルグ市街は壊滅状態であった。

ライフラインの復旧から疫病対策など、今や反逆者となった火澄たちが素早い対処をしたお陰で、類を見ない復興を遂げてはいたが、まだまだ被災者への対応は完璧ではない。




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