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「これは、なんだと思う?」
「え、これって、この水晶のことか?」
無言で寄越される首肯に、困ってしまう。
恐ろしいほどに透明な鉱石は、静謐な煌きを放ってはいるものの、水晶以外のものには見えない。
分かりきったことを聞く相手を、怪訝そうに窺った自分を、次の瞬間後悔することになる。
「これは、俺の妹だ」
「え―――?」
今、目の前の男は何と言った。
言葉通りにしか受け取ることが出来ずにいたせいで、衣織は目を数度瞬かせた。
それから怪訝そうな視線で、依然、白水晶を押し付けて来る相手を窺い見る。
「ごめん、ちょっと意味分かんないんだけど」
何かの比喩に違いない。
残念なことに、雪の台詞はどうにも簡潔過ぎて、上手く捉えるには至らずにいる。
苦笑混じりに説明を求めた少年は、しかしもう一度口を開いた男の表情に、顔を凍りつかせた。
「言葉のままだ。……これは、俺の妹だ」
その金色には、欺く意思も揶揄する調子もみられなかった。
真摯に揺らがぬ眼光で、真実であることだけを主張する。
雪の瞳の奥にいる自分の、硬直した姿を認識するには、随分と時間がかかったことだろう。
妹?
妹とは何だ。
今まで知らずにいたけれど、彼に兄妹がいたことは、何ら疑問視すべきことではない。
血を分けた存在は、何も両親だけであるとは限らないのだ。
けれど、それにしては雪の言い方はおかしかった。
今、衣織の手の中にあるものを、「そう」呼んだのだから。
静謐な輝きで不思議な光りを放つ物体は、ひんやりとした硬質な感触を少年の掌に伝えるだけで、生命の温もりを帯びてなどいない。
いくら美しくとも、この水晶が雪の妹だと言われても、納得出来ようか。
にも拘らず、自身の心臓が加速度的に不気味な高鳴りを見せている事実があった。
「なに、言ってんの?」
「嘘じゃない。お前に嘘はつかない」
「けどあり得ないだろっ?」
真面目な顔で何を非常識なことを言うのだ、この男は。
思いたい。思うのに。
白銀の髪を持つ男は、少年の水晶を持たぬ方の手を取ると、自分の胸へと導いた。
咄嗟に手を引っ込めそうになるも、またしても強い力で抗いを退けられる。
「なにっ……」
触れた先は、ローブに隠されていても明白だった。
胸の中央、やや左。
ネイドのときにも、こうして無理に心臓の上に手を当てさせられたと、すぐに思い出す。
あの時も意味が分からなかったが、今回はさらに分からない。
何の意図を持ってなされた行動なのか、少しも読めない。
困惑と戸惑いに支配された黒曜石と、しっかりと向き合った男は、目の前にある現実を説明するように、実に落ち着いた声音を紡がせた。
「俺たちの心臓には、これがある」
落ち着き過ぎて、恐ろしいほど。
「これは、妹の……蛍の心臓。―――蛍の花石だ」
布を隔てた向こうから、雪の鼓動が衣織の肌へと焼きついて。
白水晶は、淡く煌くだけだった。
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