花の鼓動。
四角に切り取られた窓の外で、和やかな小鳥の囀りが聞こえる。
軽い音色は凍りついた重苦しい世界の時計を、ゆっくりと進めてくれた。
「罪人……って、なんだよ……どういうことだよ」
喉奥から半ば無理やり押し出された言葉は震えていたけれど、少年がそれに気付くことはなかった。
びりびりと奇妙な痙攣が過ぎ去れば、今度は突発的な衝動が襲って来て、腰かけた椅子から体を浮かさないようにするのに精一杯。
まん丸に見開かれた瞳の迫力を、貴波が月日を経た金色で受け止める。
追い詰められた者の諦め、達観した者の静かなる悲哀。
どちらとも取れる光を携えて、彼は深く長く息を吐き出した。
小柄な老人を食い入るように見つめる衣織を、気にかける廻る者にちらと目をやってから、まるで頑強に閉ざされた箱を開くように、翁は口を動かす。
「織葉様は聡明なお方でした。よく気付き、よく考える、思慮深き姫……。それ故に、気付いてしまったのです」
「……何に?」
不安の渦が、目前に迫っていると。
このとき初めて、衣織は知った。
一度落ちれば這い上がれぬかもしれない、闇と見紛うほどに暗い深淵が。
もうすぐそこで、自分を待っているのだ。
貴波は今度こそはっきりと雪に顔を向けると、答えを待ち望む少年ではなく、怪訝な顔をする美貌の主を鋭い眼で射抜いた。
「雪様と同じことを、です」
「俺と、同じこと……?―――っ!」
一瞬の間を置いてから耳に入った、息を呑む小さな音。
先ほどよりもずっと強い衝撃が、雪を襲ったのだと悟る。
横目を流した先に待つ、動揺に見張られた術師の金色に、心臓の音が激しくなった。
「なんだよ、分かるように、説明してくれよ……」
何て声だ。
小さく掠れた頼り無い催促に、自分自身で戸惑ってしまう。
無意識に捉えた明確な不安は、傍らで身を強張らせる雪の反応に煽られた。
あぁ、もう落ちる。
落ちてしまうのだ。
暗い暗い渦の底へ。
呑み込まれる。
理性とは別のところで、恐怖を訴える己を強引に無視したのは、何故だろうか。
知らないままならば、渦に落ちることもないと言うのに。
衣織は、自らその闇に飛び込みたかったのだ。
知らずにいていいことなど、本当は何もない。
だから。
「我らが背負いし宿命を……『花神』について、織葉様は疑問を抱いておられたのですよ」
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