「……母さんは、雪と同じ、華真族だったんだな」
「えぇ。非常に優れた術師でもありました」
「なら、なんで母さんはダブリアに?さっきアンタは、華真族はここから出ないって言ってただろ?」

どれくらい前のことか。

ふと、両親の出会いを教えてもらったことがあった。

あまりに幼い時分だったせいで、記憶は曖昧だったが、彼らが雪深いあの地で出会ったことは、覚えている。

「それに、なんで雪は世界を旅しているんだ?」

話題に出されたために、目を伏せていた男の目蓋が持ち上がった。

「原則的に、我らはこの土地を出ることを、許されてはおりませぬ。しかし、『廻る者』は違う。担うお役目から、廻る者に選ばれた者だけは、天園の外に出ることを認められているのです」
「じゃあ、母さんも『廻る者』だったのか?」
「……」

老人の顔が、翳りを見せた。

躊躇する気配を感じ取り、胸にあった不安がざわめきを大きくした。

「織葉様は、廻る者ではございません。織葉様は……『抜け人』なのです」
「っ!」
「え?なんだよ、その『抜け人』って」

苦い調子での台詞に、反応を見せたのは隣に座す術師だった。

それまでのどこか達観した落ち着きを崩し、傍目にも明らかな揺らぎが見て取れる。

思わず雪に訊ねれば、『抜け人』と語った貴波と同様に、逡巡する気配。

同じ種類の感情を抱く二人の華真を、衣織はにじり寄る暗雲を誤魔化しながら、見つめることしか出来なかった。

縋りつくように先を求める黒曜石に、ぎこちなくも雪の喉から音が出る。

「『抜け人』は……天園からの脱走者のことだ」
「脱走者?」
「華真族における最大の罪人を、『抜け人』と、そう呼ぶ」

ざわり。

不安の香りが、鼻を穿った。




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