通されたのは、控えの間のようで、さして広くもない空間に人数分の丸椅子と大きな円卓があるばかりだった。

「さて、どこからお話するべきかな」
「母さんと、アンタの関係を教えて欲しい」

彼も知っていることはないのか、雪は沈黙を守り、衣織たちの会話に耳を傾けているだけである。

貴波の再度の首肯を合図に、それは語られ始めた。

「私は、貴方のお母上、織葉様の教育係にございました」
「え?」
「もう、随分と昔のことですがの」

懐かしそうに目を細められるも、意味が分からない。

どう言うことか、早くも脳の理解は追いついていないのだ。

「どういうことだよ?アンタ、どこで母さんと出会った……」
「我ら華真族は、基本的に生涯この島――天園を出ることはありません。織葉様は、雪様のお父上の妹君にございました」

耳にした内容に、目が見張られる。

自分の母親が、ここの。

天園の民であった?

「いや、待てよ。それっておかしいだろっ?だってそしたら、母さんは」
「織葉様の流名は、華真。才に恵まれた華真族の姫でした」

駄目だ。

与えられた真実は、とてもじゃないが理解出来ない。

別段否定する理由はないのに、今まで己が信じて来たもの全てが破壊される危機感が、少年の中に芽生えて根を下ろす。

母は、ただの『母』だった。

料理の上手い、見目美しい『母』だった。

だが。

「何かの間違いだろ?だって、母さんの髪は黒だった。瞳だって金じゃなかった。ここの人たちはみんな、雪と同じ色なんだろっ!?だったら、母さんは違う」
「色をお変えになられたのでしょう。織葉様なら出来ないこともありません。エレメントの使役にかけては、兄上様よりもずっと秀でておいでになられましたから」
「……別人、とかじゃ…ないのかよ」

自分を見て母の名を叫んだ事実から、あり得ぬと分かっていても、言わずにはいられなかった。

予想通り、貴波は首を横に振る。

「貴方の面差しは、織葉様によく似ていらっしゃる。幼少の頃よりお仕えした私が、間違えるはずがありません」
「……」

言い返す言葉はなかった。

衣織自身、鏡に映る己が亡き母に似てきたと思い始めたのは、何もつい最近のことではない。

昔から、父よりも母に似ていると言われて育った。

反発することだってなく、その通りであると受け入れていた。

だからきっと。

貴波の言うことは、嘘ではないのだ。




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