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まだ、まだまだまだ。
ずっとこの先の未来まで、眠り続けていればいいだろうに。
何も自分が傍にいて。
彼を想っているときに。
「神楽っ、こっち見ろ」
目を覚ますな。
「目を覚ますなっ!」
掴まれていた腕を、力任せに振り払った。
投げつけたのは、紛れもない暴言だ。
恩人と言って感謝すらされども、こんな台詞をよもや庇った相手から聞かされるなんて思いもしなかっただろう。
心底からの叫びをきっかけに、神楽はそのまま踵を返し、部屋を出ようとドアノブを掴んで。
バンッ!
背後から飛び出した男の手が、顔の真横で扉を叩いた。
強烈な音に、思わずビクリッと身体が跳ねて、動きが止まる。
呼吸さえ僅かな間、沈黙した。
「なに逃げてんだ」
「……」
「怪我人に負担かけんな」
「……っ」
「こっち向け」
どくんどくんどくん。
耳鳴りと、心臓の音は凄まじいのに。
いらない声を、消してはくれない。
すぐ真後ろに感じる男の体温が灼熱のようで、要求に従うことはとてもじゃないが、無理だ。
「神楽」
もう一度。
耳に直接吹き込むように、囁かれた名前に、強い眩暈。
あぁ、ほら。
気持ちが悪くてどうしようもない。
「神楽、神楽、神楽」
「やめ……っ」
「神楽、こっち向け、顔見せろ」
「やだ……」
「神楽、ちゃんと声出せ、俺に聞かせろ」
「嫌だ嫌だ嫌だっ……止めて、止めてっ!」
呼ばないで。
貴方の声で、呼ばないで。
もう二度と、呼ばないで。
気持ちが悪い。
吐き気がする。
眩暈と頭痛もひどくて。
立っていられないから。
「神楽……俺を見ろ」
視界が、歪んだ。
崩れた体が、冷たい床に座り込む。
その体を、自分よりもずっと熱い身体が、しっかりと抱き締めるから、死にたくなった。
「俺に決定的な言葉を言わせたくないんなら、早く、早く言うこときけ」
卑怯だ。
何を恐れているのか、分かっているだなんて。
その上で、要求をする彼は、あまりに卑劣。
「貴方なんて、死ねばいい」
言いながら。
脅迫に屈した華奢な身体が、ゆっくりと男の腕の中で動き出して。
「ようやく見たな」
翡翠の眼が、どこまでも優しく微笑んだのを見てしまった。
気持ち悪い。
こんな自分は、気持ち悪い。
貴方のせいで、重症なんです。
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