戦闘開始。
「おいっ、いい加減に離せ」
「あ、悪い。離すけど止まるなよ?」
無我夢中で走っていたせいで、ついつい手を離すのを忘れていた。
マントを引き摺られていた男の不機嫌な抗議に、ようやく我に返る。
今度は並んで走るものの、せっかく到達した目的地から離れている現状に、雪の表情は顰められていた。
「アンタ、知らないの?」
今一つ状況を掴めていないらしい。
足は止めないまま、衣織はこれですべて分かるだろうと、短い説明をしてやった。
「さっきの集団、みんな赤い服着てただろ?」
「あぁ」
「アレ、軍服なんだよ」
だが、相手は意味が分からないとばかりに、首を傾げるではないか。
直に目にしたことがなくとも、ここまで言われて分からない人間がいるなんて。
「アンタ、もしかして箱入り?赤い軍服って言ったら、すげぇ有名なんだけど」
そう言ってから、彼が流名持ちであることを思い出した。
流名(るな) とは、上流階級の人間のみが有する家名のことで、名前の後ろについている。
『華真』家という貴族は知らないが、きっと三男とかで蝶よ花よと世俗と切り離されて育てられたのだろう。
勝手に納得する衣織を訝しげにみる彼に、「仕方ない」と先を続けることに決めた。
「西国イルビナ。ダブリアと並ぶ軍事大国で、そこの超強力軍隊の軍服は赤なんだよ。ちらっと確認したけど、デザインも同じだった」
「そうか。しかし、なぜ逃げる?」
「みんな左腕に布巻いてたろ?あの位置にはイルビナ軍のエンブレムがあるんだけど、それを隠しているってことは、ヤツらは正式な手続きを取ってここにいるわけじゃないってこと。軍のエンブレムは複製がほぼ不可能だから、それさえ見られなければ言い逃れは出来るからな」
「不法入国ということか」
雪の呟きに衣織は頷きを返す。
「しかもさ、確認してないけど結構な数いただろ?たぶんレベル3の部隊かも」
「レベル?」
あぁ。ここまで何にも知らないと、可哀想になってくる。
バカな親のせいで世の事情を知らないまま成長しては、本人が一番の被害者だ。
くぅっと涙をこらえ、衣織は彼の疑問に答えてやる。
「イルビナ軍は隊をレベルで分けるんだ。レベル1〜レベル3まであって、レベル3は大佐以上が指揮してる。エリートばっかが集められた隊だから、戦闘能力も高い」
「なるほどな」
「んで、こんな山奥で上位部隊がなんかコソコソしてたら、ヤバイと思うだろ?逃げるのは当然の流れっつー……」
衣織は最後まで言うことが出来なかった。
優れた聴覚が複数のエンジン音を察知するや、数台のジープが現れたのだ。
「マジかよ……」
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