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SIDE:玲明
「大将さん、大将さんっ」
「だから五月蝿いってば。今何時だと思ってるの?あ、今何時?」
「今は二時半過ぎです……じゃなくって、大将さんっ!」
「さっきからなに?玲明くん」
幾ら聞かせてもちっとも静まらない呼びかけに、男は雅に整った面を険しくさせた。
答え次第によっては、体罰に訴えようと密かに決める。
さらりと恐ろしいことを考えているなどとは知らぬ情報屋は、先ほどから言いたくて堪らなかった苦情がようやく聞き入れられると分かり、安堵に似た口調でそれを言った。
「首、離してもらえますか?後ろ歩きは厳しいっす」
「あ……」
リビングから連れ出したときのままであったと、今更気がついた。
首だけで背後を窺えば、これまた背中を振り返った玲明の琥珀の瞳とぶつかった。
「ごめんごめん、ついうっかり」
「分かってもらえて嬉しいです。ってなわけで、手、離して下さい」
「えー、どうしよっかな」
「はい?」
頓狂な声を発した男を拘束したまま、火澄は困った風に眦を下げた。
「だって君、手を離したらまた神楽に、突っかかりに行きそうなんだもの」
「……しませんよ、そんなこと」
「目、泳いでるけど?」
「……」
沈黙は肯定と同じ。
隠そうともしない反応を『装う』男に、ため息が零れ落ちた。
「碧が心配なのは分かるよ。あの傷だもの、しばらくは動けないだろうし。だからって、神楽に当たらないで欲しいな」
「でも大将さん……」
「って、言うと思った?」
緋色の眼が薄暗闇に輝いた。
その探る視線に暫時目を丸くした男は、ゆっくりと頬を緩め。
猫のようににんまりと笑った。
「いいねー、流石に侮れないなぁ」
嬉しそうに口角を持ち上げた玲明の、どこにも見当たらない先刻までの静かなる怒気。
昔馴染みだという碧が、重症を負ったことに憤っていたのは、一体なんであったのか。
突かれたくはない神楽の傷口を、昂ぶった感情のままに攻撃していたくせに。
玲明は、今も怪我人を懸命に看病しているであろう麗人に、怒りと呼ばれる感情を、一切感じてはいなかった。
不可抗力で庇われてしまったのだから、仕方ない。
あれは自分から刃を受けに行った碧が悪い、などと思っているくらいである。
にも関わらず、神楽に対して辛辣な態度を取っていたのは。
「僕の部下をイジメるのは、やめて欲しいんだけど」
性格破綻者に呆れ混じりで頼めば、こちらの非難など素知らぬ顔で、相手は返す。
「イジメなんて人聞き悪い、深層心理の願いを叶えてやってるんじゃないですか」
「神楽の名誉のために言っておくけど、彼、べつにマゾっ気はないからね」
自分に割り振られた部屋の扉を開けながら、一応までに言っておく。
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