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「雪」
「……」
「雪、雪っ」
「………」
「おいこら、クソ術師っ!」
黙々と歩き続ける男の腕を、振り払いながらの怒鳴り声。
白石で建てられた神殿は、シンラのものよりもずっと広く、雨除けから黄色の花を下げた渡り廊下に差し掛かるまで、随分と時間を要した。
人気のまるでない独特の空気にやや圧倒されつつも、先ほどから沈黙を保つ雪に、いい加減我慢が出来なくなった衣織は、不機嫌な顔で雪を見つめる。
しかし、当の男は動きは止めたものの、視線は正面を捉えたまま、少年を映そうとはしない。
村に入ってからこちら、常よりもずっと不遜な態度を取って来た雪だが、これはいよいよおかしい。
衣織は内心首を捻りながら、そっと相手を窺った。
「いいのかよ」
「何がだ」
「何って……ここ、アンタの故郷なんだろ?出迎えの人たちに、あんな態度とって……」
「お前が気にする必要はない」
「けど、せっかく雪が帰って来たのを喜んでくれていたみたいなのに、ひどくねぇ?」
間髪いれずに言われて、むっと眉間が寄る。
必要ないなどと言われて心穏やかで居られるほど、自分は大人ではないのだ。
「あんまり態度悪いと嫌われるぞ。ただでさえ愛想ないんだから」
ぶつけた嫌味に、だが男はくっと皮肉げに秀麗な面を歪めた。
「願ってもいないな」
「雪……?」
「いっそとことんまで嫌悪してくれれば、少しはここの居心地もマシになる」
「……何、言ってんだよ」
思いがけない反応は、雪が抱く激しい拒絶を如実に物語っており、初めて目にした嘲りと侮蔑を込めた表情を、信じられない気持ちで瞳に映す。
こんな雪を、見たことはない。
シンラの神殿で、碧に怒りを爆発させたときと、同じ感想が浮かび上がる。
あの時は、鬼気迫る勢いに恐怖を覚えたが、今回は違う。
自分の知っている雪が、どこかに消えてしまうのではないか。
有り得ない危機感が、種類の異なる恐怖を少年の胸に落とした。
「纏わりつかれるのは御免だ。これで俺に見切りをつけてくれればいいんだが」
「おい、雪っ」
「大方、花精霊の言霊で帰還を知ったんだろうが、余計な真似をしてくれた。姿を見せないことが、何よりの出迎えになるとは思わないの―――」
気付いたときには、衣織は背伸びをして。
雪の口を両手で塞いでいた。
「あ……」
「……」
驚いたように目を見張った雪と、視線がぶつかる。
ほとんど反射的に取ってしまった行動だったせいで、自分自身でも戸惑ってしまう。
いくらこれ以上聞いていたくなかったからといって、実力行使に出るのは問題だ。
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