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前を歩く男が再び歩みを止めたのは、人垣の終着点だった。
ひょいっと身を乗り出して、前方に何があるのかを確認する。
「無事のご帰還、心よりお喜び申し上げます。雪様」
粛々と澄んだ音色で言を紡いだのは、一人の女。
腰まで伸びた波打つ髪は、やはり白銀。
地に膝立ちになり、頭を垂れて胸元で両手を組んだ彼女の背後には、まったく同じ体勢を取った女が何人も控え、まるで神に祈る敬虔な乙女のようだ。
彼女たちの更に後方には白い石造りの神殿が見える。
提示された現実に、少年のただでさえ大きな瞳がより大きくなった。
「……貴波はどこだ」
「貴波殿でしたら、社の方かと存じます」
出迎えの挨拶には少しも触れぬ男に、不満はないのか、それとも慣れているのか。
口上を述べた女は従順に答えを返した。
雪は微かに頷いただけで、こちらを振り返る。
「そうか。行くぞ」
「あ、うん」
「お待ち下さい。失礼ですが、そちらの方は?」
伏せられていた面が上がり、長い睫毛に縁取られた彼の色の虹彩が、衣織を見やった。
控えめながらも確かな疑念と、通って来た村人たちとは異なり、小さな棘を含んだ視線を敏感に察知。
白い布の内側で、衣織はきゅっと口を引き結んだ。
どう答えればいいものか。
不自然に強張った身体は、雪に肩を抱き寄せられたことで、凍り付いた。
「俺の『花』だ」
「お、おいっ……」
公衆の面前で何をしてくれるんだ、と続く台詞は、女たちの間に走ったざわめきによって、掻き消された。
術師が放った台詞にどのような意味があるのか分からないながらも、自分にとっても彼女たちにとっても、歓迎出来ないものだったくらいは理解出来た。
「あ、アンタ、何言ったんだよっ?」
糾弾の響きを漂わせる小声の問いは、綺麗に無視される。
端整な造りの貌に激しい動揺を乗せた女に、言を続けた。
「数日、本殿に滞在する。誰も立ち入らせるな。それと、まだ花突は廻り終えていないと、奴らに伝えておけ」
「せ、雪様……本当に、その方を雪様の……」
「分かったな」
戦慄く唇が紡ぐ必死の言葉を遮り、念を押す。
衣織には、これ以上の介入は許さない、と聞こえた。
「ッ……承知、致しました」
無理やり吐き出された応答を、求めた当人はあっさりと聞き流すや、少年の肩を掴んだまま女たちの脇をすり抜けて神殿へと足を向けた。
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