無事に総本部を脱出したあと、衣織は雪の指示通り港へと車両を進めた。

夜半も回った港では、流石にこれから出航する船もなく、レッセンブルグに運ばれた救援物資のコンテナを、イルビナ士官が大型トラックに乗せているだけ。

眩しいほどのライトを避けて、闇に紛れた二人は停泊所にいくつも止まった個人用の帆船を奪うと、ようやっと指名手配犯に気付いた兵士たちを尻目に、闇色に染まった海へと飛び出した。

後は何がなんだか。

雪が風精霊を使役したかと思ったら、急速にスピードを上げた船体は一人でに舵を取り、驚く少年に問題はないと告げた術師に促され、束の間の睡眠を強要された。

いくら彼が華真族と呼ばれる稀有な術師一族であろうと、誰も針路を確認していない状況で休めるはずもなかったが、連日の緊張感から疲弊仕切っていた体は主の意思とは裏腹に、眠りへの誘惑を拒めなかった。

そうして意識を手放して、どれ位だろう。

目覚めたのは、荒れ狂う波で船室の簡易ベッドから投げ出され、壁に額をぶつけたとき。

姿のない男を捜してデッキに出てみれば、襲い来る海の魔手を少年には視認出来ない力で退ける雪が、進む先を見つめていた。

―――お前なら、迎えられる

蘇った言葉に、衣織は脳裏に浮かべていた回想から抜け出した。

「もしかして、ここがアンタの言っていた……」

着地した飛び石に阻まれて、きらきらと光を反射する小川が流れに乗って下流へと下った。

「……『天園』だ」
「テンエ……わっ」

伸びた腕に腰を抱き上げられ、すでに川を渡り終わっていた雪の横へと下ろされる。

別に女子供ではないのだから、手助けなどなくとも平気だと言うのに。

文句を言おうと開いた口は、ふっと微笑を漏らした男の表情によって、また閉ざされるはめになった。

そんな目でみるな、と思ったけれど、上手く音に出来そうにない。

衣織は妙な気恥ずかしさを打ち消すように、引っかかっていた疑問を変わりに投げた。

「天園って、どこの属領なんだ?そんな街や村、聞いたことない」
「どこの属領でもない」
「は?」

予想外の返答に、首を捻る。

「何言ってんだよ。どこの国にも属してないはずないだろ。着くまでそう時間もかからなかったし、まだイルビナとか?」
「違う。本当に、ここはどこの国のものでもない。どんな国家も干渉出来ないんだ」
「そんな、ありえないだろっ?なら、ならここはどこなんだよ」

この世界は四つの大陸で構成されている。

もちろん、無数の島や離島はあるけれど、それさえも一大陸一国家支配体制に組み込まれていて、必ずどこかの国家に所属している。

四国家の何れにも干渉出来ないエリアなど、聞いたことがない。

ワケが分からないと訴える瞳に、雪は衣織の手を引いたまま、再び歩き出した。

「衣織。この世界の地形が分かるか?」
「地形……?」
「大陸がどのような形で存在するかだ」

誰もが知っている一般常識を問われ、内心で訝りながらも頷いた。

「知ってる。四つの大陸は輪を描くように存在していて、東西南北の順にシンラ、イルビナ、ネイド、ダブリアだ」

まるでドーナツのように、中央をぽっかりと海で空けた陸地。

国家同士の間は陸続きではなく、そこにも海が敷かれている。

世界地図を書くときは、切れ目の入った丸を描けばいいと、付け加えた。

「そうだ。そしてお前たちが知っている陸地のすべては、四つの国に振り分けられている」
「分かってるなら……」
「だが、ここはお前たちの知る地図には載っていない」
「え?」

雪が立ち止まり、こちらを見下ろした。

背を押され前を見るよう囁かれる。

困惑気味の顔をどうにか雪のそれから外した少年は、正面に現れた小さな村に、目を見開いた。

「ここは『天園』、華真族の生きる島―――俺の生まれ育った土地だ」




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