稀なる大地。




透き通った柔らかな日差しが、茂る緑の葉の隙間から零れ落ち、野花の咲く小道に斑を描いた。

時折訪れる風は爽やかで、そっと少年の黒髪を揺らし、目の前を通り過ぎていく。

緩やかな坂を正面に、首を脇に向ければ延々と続く木々の群れ。

「どうした?」

差し出された手をぼんやりと見返せば、自分をここへ導いた男が、不思議そうに尋ねてきた。

「ごめん……ありがと」

聞きたいことは数多くあれど、現実感のない世界に圧倒された衣織は、大人しく雪の掌を取って小さな帆船から桟橋へと下った。

足元の板の更に下では、先刻までの荒波が嘘のように、たぷんたぷんと可愛らしい音を立てて海面が揺れている。

こちらの戸惑いに気づいていないのか、男は周囲の様子を呆然と見回し続ける少年を置いて、先を歩き出した。

降り注ぐ陽だまりは、世界各国で浴びた陽光のどれよりも穏やかで、人気のまるでない静寂に、ここが今まで自分の降り立ったことのある大地ではないと、本能的に悟る。

「衣織」

動く気配がないと分かったのだろう。

白銀の男が振り返った。

「……」


それはまるで、一枚の絵画のようだった。
坂の中腹で立ち止まれば、真っ白なローブと共に輝く髪がふらりと微風に靡き、淡い光を受けた金色の双眸が息を呑むほど美しく煌いた。

従えた緑濃い樹木と相まって、一層際立つ純白の洗練さ。

彼と共に廻った神殿よりも、この安然たる背景こそが、雪には相応しいと思わせるほど、絵になる光景。

声もなく見つめ続けていると、その絵画の住人は悪意のない嘆息を落としてから、衣織の元へと足を戻した。

「何を呆けている。行くぞ?」

確認をするかのように言われて、ようやく正気に返ることが出来た。

「あ、う、ごめん。分かった!」
「そうか」

自然な動作で右手が握られて、今度は置いていくことのないように、手を繋いだまま歩きだした男に促され、衣織はようやくその素朴で優しい土地に歩を刻んだのである。




- 426 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -