レイピア。
「何事だ」
上官の怜悧な声に、周囲の哨戒を終え報告に来た男が敬礼をする。
踵を打ち鳴らし、真っ直ぐに背筋を伸ばして指の先まで意識したそれは、教本通りの美しいものだ。
「はっ。民間人が近くに身を潜めておりましたので、即刻、退去させました」
「民間人?」
男の言葉に怪訝な表情を作った上官は、この上なく美しい女だ。
輝くプラチナブロンドを纏め上げ、きっちりと赤い服を着こなす立ち姿は華やかの一言に尽きる。
貴族的に整った貌の透き通った白磁の肌に、赤い唇と青い瞳はよく映えた。
しかし、外見だけなら極上の貴人である彼女の、腰に下げたレイピアが伊達ではないことを、ここにいる誰もが知っていた。
その証拠とでも言うように、サファイアの瞳が浮かべる色は、鋼のように硬質で冷ややかである。
安穏とした世界ではなく、戦場というフィールドの第一線に立って来た者特有の鋭い輝きに、貫かれた男はぶるりと背筋を震わせた。
「逃がしたのか?」
「は、はい。ただの少年のようでしたので……」
戸惑ったように応える部下に、彼女は侮蔑のこもった眼差しを向けた。
「『ただの少年』。それは貴様が判断することか?」
「え、あ、しかしっ……」
上官の言葉に、男の顔色がみるみる蒼白になる。
見開かれた眼球を、絶望が覆って行く。
上官は傍で整然と列を作る部下たちを振り返ると、よく通る声で指示を飛ばした。
「追えっ、逃がすな!見つけ次第、即刻処分しろっ」
自分たちよりも一回り小柄な上官に、彼らは一糸乱れぬ動きで敬礼をすると、一斉に走り出した。
傍に停めてあったジープに飛び乗り、すぐに上官の視界から走り去る。
後に残されたのは、彼女と、彼女の補佐官。
そして、事態についていけず声をなくした男が一人。
静かな動きで男に向き直ると、彼女は蔑みの眼で腰のレイピアを抜いた。
太陽もないというに、刃はきらりと凍えた輝きを放つ。
上官の意図を察し、男は恐怖に目を剥く。
「も、申し訳ございませんっ!お許し下さい、清凛大っ……!!」
瞬間、細身の剣が目にも留まらぬ速さで動いた。
断末魔はなかった。
首から鮮血を吹き上げる元部下を、彼女は振り返ることもなく、自分も補佐官の待つジープに向かう。
「無能者はいらん」
呟きは、吹雪よりも冷ややかだった。
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