強い瞳に呼びつけられて、玲明が自分を指さす。

「貴方以外にいないでしょう?碧中将に肩を貸して、昇降機まで行って下さい。余計な小物が来たら、私が処理します」
「了解。ほら、碧」
「平気だ、余計な気ぃ使うんじゃねぇよ」

指示通り腕を取る友人を邪険に扱う碧に、カッと頭に血が上る。

普段の戯れで感じる苛立ちよりも、数段強い激情。

活性化した血の流れがよく分かり、指の先まで心臓のようだ。

神楽はその熱い滾りが巡る白い手を持ち上げると、ずっと高い位置にある負傷者の頬を。

パンッ。

全力で張り倒した。

「ぃっ!?」

口に出したのは、叩かれた当人ではない。

渾身の力を込めた一撃と言っても、神楽の細い腕から繰り出された張り手などでよろけた男を、咄嗟に受け止めた玲明が発信者である。

すぐさま赤く色を変えた頬の男は、今度は支える腕を振り払うことなく、体勢を整えた。

彼の緑の眼が、神楽を捉えたのが分かった。

「……早く行って下さい。負傷者は足手纏いなんです」

その怜悧な輝きを避けながら、早口で促す。

離れた所に座り込んだ紫倉の、血に塗れた姿と凍りついたまま崩れぬ表情から、最早戦闘は不可能だと判断して、少将は床に投げていた自分のサーベルを拾いあげる。

火澄の火力が強まったのは、こちらの要求が伝わった証拠だろう。

碧を庇うように燃え盛るバリケードが発生して、最強中将の負傷に活気づいた兵士たちの行く手を完璧に阻んだ。

「何をもたついているんですか、早くして下さい。火澄様にこれ以上負担をかける気ですか?」
「ちょっ、お前助けてもらっといて……」
「いい。玲明、行くぞ」
「碧っ!?」

冷ややかな言葉に表情を険しくした玲明だったが、腹から血を流す男がさっさと歩きだそうとしたので、慌てて肩を貸して付き添った。

物言いたげにこちらを見ていたのは少しの間だけで、最優先事項をまっとうするため、刺すような非難の視線はすぐに離れて行った。

神楽はゆっくりと息を吐き出すと、未だ早足のままである身内を無視して、彼らの後を追った。

昇降機で待っていた火澄は、碧の姿を見て顔を歪める。

「あー、綺麗に刺さってるね」

流石、紫倉だよ。と不謹慎なことを言いつつも、緋色の目は笑っていない。

「直してあげたいとこだけど、僕って実は本当の術師じゃないからさ、治癒は出来ないんだよね」
「自分で何とかするから、てめぇは術に意識集中させてろ。余計なことにまで手ぇ出そうとすると、ぶっ倒れるぞ」

乱暴な言葉に火澄は小さく微笑んだ。

ちらりとこちらを見て、何かを伝えるように一つ頷く。

「神楽に叩かれるわけだ。少しは反省するよーに」
「大将さんまで何言ってんですかっ!?」
「はいはい、玲明くんは少し黙れー。みんな乗ったことだし、昇降機出すからね」

吼える男を一刀両断。

バッサリとやられては、玲明も口を噤む他はなく渋々黙った。

神楽がボタンを押して昇降機の扉が閉まり出すと同時に、敵を足止めしていた火澄の炎がパッと消える。

クリアになった視界には、大勢の負傷兵が転がっているのが分かった。

そして、まっすぐにこちらを見つめ続ける蒼牙の眼光も。

強烈な視線を受けた大将が叫んだ。

「父さん、逃げた方がいいよっ!」

今まさに逃走を図ろうとしているのは火澄たちだと言うのに、これはどうしたことか。

意味の分からぬ発言だったが、神楽にはすぐに知れた。

衝撃に備えて足に力を入れる。

「大将さん、何する気?」
「玲明、お前耳塞いでろ」
「なんで?」

怪訝そうな顔をする情報屋の前で、火澄は雅な笑みを浮かべた。

「嗤え、紅蓮の守人」

凄まじい轟音が、上昇を始めた昇降機の中にまで響き渡った。




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