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明らかな建前。
神楽からしてみれば、どうして自分の能力のすべてを、日ごろから周囲に知らしめる必要があるのか疑問でならなかった。
戦闘能力を披露しなくとも、自分は文官として評価される程度の実力はあるのだから、わざわざ見せ付けることもあるまい。
おかげで、文官だと舐め切ってくれていた紫倉を倒すことが出来たのだから、やはり能力は隠すに限る。
ふっと頬を緩めてから、神楽はさっと辺りの様子を窺った。
火澄の炎はだいぶ沈静化されていたし、多勢に無勢。
こちらもケリがついたことだし、そろそろ引き上げ時だ。
昇降機に向かおうと、未だ立ち上がれずにいる大佐に背を向けて、今度こそ小走りで駆け出す。
フロア1に到達したとて、そこにもまだ兵士はいるはずだ。
先を行く衣織たちが適当に倒してくれてはいるだろうが、完全に脱出出来るかどうかが問題なのだから、先手を打たれる前に動かなければ。
「神楽ー、今度こそ上行くよー」
火澄の声に応じようとした神楽の視界には、こちらを見る上官二人と衣織が連れて来た男が。
翡翠の眼をした男が、早くしろと視線で訴えてくるので、軽く睨んでやる。
だが次の瞬間、三人の表情が揃って変わったことに、神楽は驚いた。
目を見開いて、或いは顔を強張らせて。
表情を変化させたのは、何故?
理解したのは、目の前から一番長身の男が姿を消して、二拍ほどした後のことだった。
「碧っ!!」
玲明が自分へと向かって駆け出す。
どうして?
不穏な予感に背後を振り返った神楽は、いつの間に現れたのだろう。
すぐ傍に立つ碧に驚き、そしてゆっくりと下げた目線に飛び込んだ映像に、息を呑んだ。
鮮やかな紅の軍服の脇腹から、まるで奇妙なオーナメントのように、硬質な刃の切っ先が顔を出していて。
碧の向こうには、虚空に腕を伸ばして壊れた足で立ち尽くす血塗れの女。
眼球が零れ落ちそうなほど目を開け硬直する紫倉を見た瞬間、じんわりと広がる赤黒い染みが、何か悟った。
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