運が悪いのは誰。
「なぁ、本当に道あってんの?」
一度も休むことなく、吹雪の中を歩き続けること数刻。
どんどんと険しくなる雪山に、衣織は不信の声を上げた。
麓付近から中腹までは案内出来ても、そこから先は衣織とて分からない。
目的地があるという男の先導に従って、一向に弱まる気配のない白い嵐を進み続ける。
こんな天候では、彼のマントの白など簡単に見失ってしまいそうで、衣織は術師の背中から目を離さずにいた。
蓮璃の話を聞き終えても、雪は何も言わなかった。
ただ、一度だけ頭を撫でられた。
荘厳な美貌には少年が分かるほどの感情は乗せられていなかったけれど、その手の優しい温もりに驚いた。
親しくもない相手の突然の行動。
本来ならば不快に思っても良さそうなのに、衣織はされるがまま労わりを享受していた。
予想外過ぎて心の反応が遅れたわけでもなく、それは受け入れるべきものだと心のどこかで判断したのである。
「問題ない」
「なんで分かるんだよ。アンタ、地図どころかコンパスも持ってないじゃん」
持っていたとしても、ソグディス山は磁場の関係からか、コンパスなど役に立たないのだけれど。
異国から来た雪が知っているはずもないと、文句を言う材料にしてみた。
しかし、返されたのは少年の予想の斜め上を行っていた。
「教えてくれるんだ」
「は?」
簡潔な返答。
彼の言葉に、衣織は怪訝な表情を作った。
「誰が?」
返事は来ない。
無言のまま前を歩く男の素っ気なさに、悪態でもついてやろうかとして、止めた。
収まる気配のない荒れ狂う世界の中で、深い森の中までやって来たことに気づいたのである。
既知感。
どこかで見た景色ではないだろうか。
「なぁ、ここって昨日来たところだよな?」
問いかけるも、やはり返される声はなくて、つい眉が寄った。
「いいけど。別に気になんねーし」
「そうか」
欲しいときには無視するくせに、余計なところで反応をする男。
それでも平坦な声音に、少年をからかう響きは含まれてはおらず、肩透かしだ。
これまでの流れから考えて、こちらの神経を逆なでするような嫌味が来てもおかしくはないのに。
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