□
「忌々しい目で見るな、俺を焼き殺すつもりかっ!」
「これは珍しいお客様だね。本家には何用かな?」
焦げ茶の目に憎悪の色を滾らせて、男は荒々しく罵った。
壮年に差し掛かりだした相手は、青年期はさぞや美しかっただろうと思わせる容姿をしていたが、堪えきれぬ憎しみで端整な面を醜く歪めていた。
以前会ったときと何ら変わらない。
どころか、遥か昔に目にしたときと、相手が浮かべる表情は寸分違わないことに、腹の中で嘲笑する。
よくぞ長い年月を経て、今尚怒りの焔を抱き続けることが出来るものだ。
同時に、自分はそこまでこの男を苦しめたのだと思うと、胸の奥深くが僅かに苦くなるのだった。
「お前などを養子に迎えたせいで、当主殿は床に伏せられたのだっ」
「根拠もなく人を糾弾するのは、あまり褒められたことじゃないね」
「黙れっ!化け物風情が人の皮を被りおって。お前がすべての元凶、拾われた恩も忘れて当主殿に仇なすとは見下げた奴よ」
上官への無礼な発言に、扉を開けていた士官が柄に手をかける。
火澄はやんわりとそれを制した。
四大貴族の屋敷内での抜刀は、問題になる。
士官の家柄を思えば堪えてもらうしかない。
「まるで、僕が義父さんを殺そうとでも言う口ぶりだなぁ」
「はっ!何をしらばっくれる。化け物の浅知恵を見抜けないとでも思ったか」
「浅知恵ねぇ……。なら君の浅知恵は、病を患う義父さんを見舞うとかこつけて、金の無心でもしに来たってところかな?君に任せている領地、どうもよくないみたいだもの」
嘲笑を交えて応戦すると、男は顔を真っ赤にさせた。
どうやら図星らしい。
見下げた奴はどっちだと言うのか。
火澄は男の背後からこちらに小走りでやってくる執事に気が付いて、内心でほっとする。
一族の中でも末端に過ぎない男が、時期当主にこうも噛み付くなど赦されるはずもなかったが、この男は別。
執事が上手くあしらってくれるだろうと予想して、火澄は車に乗り込もうとした。
瞬間。
「母親の次は義父と来たかっ!その眼は血の色かっ!」
叫ぶように投付けられた言葉に、何かが切れた。
男の頭上で、火球が破裂する。
「ひっ!!」
慌てて身を丸め床に這い蹲った標的だが、追い討ちのように足元から火柱が上がった。
真っ赤に燃え盛る赤に、男は這うようにして逃げ出すが、一本の炎はまるでとぐろを巻いた蛇のように行く手を奪う。
ひりつく温度を間近にして、ついには腰を抜かした。
「火澄様っ!」
追いついた執事が現場の惨状に名前を呼ぶ。
いつの間にか何人もの使用人がエントランスに集まって、必死に消化活動にあたっていたけれど、彼らは分かっていない。
エレメントはエレメントでしか消せないことも、凄まじい烈火が何一つ焼いてはいないことも。
数分後に指を鳴らすこと火澄によって、炎が消えるということさえ。
緋色の眼には何の感情も見当たらない。
屋敷の有様に構わず扉を閉めると、男は戸惑う士官に車を出させた。
- 363 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]