緋の鬼。




復興作業は急ピッチで進められた。

首都が崩壊し機能が停止するわけにはいかないのも勿論だが、大将の鬼気迫る勢いに誰もが圧倒されたのが最たる理由だ。

慌しい本部を離れ、奇跡的に損壊を免れた苑麗本家に病室を移した蒼牙に、火澄は匂やかに微笑んでみせた。

「ご心配には及びませんよ。すでにラボの復興も進んでいるので、早いうちに実験は再開される予定です」

豪奢な内装ばかりが目立つ室内の、寝台に埋もれるように在る義父は、しかし厳しい面持ちのまま何の反応も見せなかった。

黙したまま三階の窓から見える、総本部の尖塔にはためく紅を見つめている。

書類を持つ手に力が入った。

的確な采配で驚異的な復興速度を実現しようとも、計画が頓挫している事実は変わらない。

研究所は形だけは元通りになっているが、多くの技術員を失っていたし、この事態が落ち着くまでは実験の再開など不可能だ。

何より、肝心の雪=華真が目覚める気配は、地震から一週間以上を経た今もない。

この先彼が目を覚まさないなどと言うことがあれば、花開発は中断するしかないだろう。

眠り続ける雪の体内にある花エレメントは検査の結果、イルビナの花突と同様に荒れ狂っており、そこから新たな実験方法を見つけることも出来ない。

仮にいつか目を開くことがあったとしても、手遅れということも在り得る。

目の前の枯れ枝のような身体でもって、なお瞳の鋭さを失わぬ男。

すべては彼のためだけの実験であり、彼の野望がための己だ。

何を犠牲にしても、彼の願いを叶えてやりたい。

それが火澄の抱くただ一つの願い。

蒼牙の野望を現実にすることだけが、火澄に出来得るただ一つ。

彼は何も返さぬ義父に頭を下げた。

「必ず、義父さんの夢を叶えてみせます。それが、僕を拾ってくれた貴方に、恩を返す唯一の方法なのだから」

初めてこちらに顔を向けようとした元帥を無視して、火澄は部屋を後にした。

久方ぶりに歩く本家の通路。

使用人たちは時期当主に気が付くと、慌てて頭を垂れる。

だが、彼らが真実何を思っているかなど、火澄には手に取るように分かっていたし、また気にするつもりもなかった。

表面だけの柔和な微笑で持って返し、エントランスまで下る。

自動四輪はすでに車寄せで待っていた。

こうも完璧に手配されていることに、自分の副官の優秀さを実感する。

彼に渡した仕事は他の誰よりも多い。

災害への対処だけでなく、雪=華真の管理や碧の釈放などもすべて神楽に一任している。

にも関わらず、火澄が総本部へ戻る時間を計算して迎えまで寄越す技量に、偽りの笑顔の中に真実が紛れ込んだ。

しかし、雅な笑みは次のときには消え去った。

軍のエンブレムが刻印された扉を、運転手が開いたとき。

背後から注がれた視線に気付き、足を止める。

「当主に呪いでもかけたか、化け物がっ」

吐き捨てるような台詞を浴びせられ、男は殺気を向ける相手を確信した。

殊更ゆっくりとした動作で振り返る。




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