祈りの手。
衛兵は、現れた人物を認識する前に気を失った。
深紅の絨毯に倒れた二つの身体を跨ぎ、部屋の鍵を開ける。
センサーは軽い音を立てて入室を認めた。
開かれた扉の先には、一つきりの家具。
その横にあるのは電子的な光りを点す機材たち。
真っ直ぐに足を進め家具の横に立ち、視線を下ろす。
寝台に寝かせられた存在は、とうに旅立ったのではと思わせるほどに美しい。
この世の者とは思えぬ、荘厳で静謐な美貌の男。
伏せられた目蓋を縁取る長い睫毛は、微かにも動く気配はないと言うのに、まだ彼は生きている。
ただ、死んだように眠り続けているだけだ。
空気に溶けた精霊の動きは、ざわめくように蠢き、眠る白銀を取り囲む。
そっと額の上に手を翳した。
触れそうで触れない、微妙な距離を置いて。
何をやっている。
何故、目を覚まさない。
泣いてしまうぞ。
お前が目を覚まさなければ、あれが泣く。
大切な存在を放り出して、寝ている場合ではないだろう。
このままずっと、目覚めぬつもりか。
それでお前は、自分を赦せるのか。
神経を極限まで研ぎ澄ませ、彼の中を廻るものを丁寧に探る。
荒れた内側に、正しい拍動を。
羽のように軽く、水のように柔らかく。
どこまでも繊細な動きで。
目覚めろと。
目覚めろと、祈る。
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